多事想論articles

蒸発してしまう暗黙知

ホワイトボードなどを使いながら手書きで議論した結果を、綺麗にパソコンで清書して読み返したら、何か今ひとつ物足りなさを感じたという経験はありませんか? 打合わせの最中に理解した説明や頭の中で何となく考えていた自分なりの意見が、電子文書を読み返してもどうもスッと思い出せない、そんな経験です。

実は手書きで何気なく工夫した書き方には、様々な意味合いが自然と込められます。文字の大きさや色・線の太さなどを変えると、それらの間には親子関係や強調の意味合いが発生し、話しながら何度となく下線や波線、囲いを付けた単語は、間違いなくその場のキーワードのはずです。順番や補足の意味を表現したい場合には、自然と文字の書く場所や向きを工夫しています。ホワイトボードに何人もの人が自分の意見を書き足した場合、参加者はその書き方や文字の癖から、それが誰の意見だったかを無意識に判別しています。

この様に、手書きで何気なく残している情報には、文章や図式そのものが本来持つ意味とは別の様々な情報が無意識のうちに盛り込まれているのでしょう。そして、読み手はそれらを暗黙知として共有し、自分なりの解釈や意見を加え理解を深めています。
しかし、これらを電子化してしまうと、せっかく共有してきた暗黙知や臨場感の多くが失われ、その場で思い巡らせた考えまでもが思い出しにくくなってしまいます。つまり、暗黙知が蒸発してしまうのです。

製造業では何か問題が起きたら、現場に行け!とよく言われます。これも次元は違えど同じ様な話なのかもしれません。図面やレポート、CADデータなどに情報を落とし込んだ時点で、何かそれらでは表現しきれない現場の暗黙知が蒸発してしまっています。デジタルデータの限界です。だからこそ、音や匂い、痕跡、触ってみた感触や温度、そういった暗黙知を現場に赴き肌で感じることによって、問題が起きた場面や原因が思い起こされ、解決の糸口も見えてくるのでしょう。
デジタルデータや形式知が中心の今、デジタルデータばかりに着目するのではなく、何が暗黙知として扱われているのか?を考え、話し合ってみては如何でしょうか。
新たな気付きが生まれるかも知れません。

さて、打合せで共有した暗黙知や臨場感を極力失わない、私達の会社で実践しているやり方を一つご紹介しましょう。といっても、特別なやり方ではありません。打合せ結果をホワイトボードごとデジカメで撮影するのです。ホワイトボードには大抵コピーやスキャナー機能が付いていますが、それでは付箋や模造紙などとの合せ技が使えないですし、視覚的に重要な色情報も抜けてしまいます。また、文字が読める程度にホワイトボードごとデジカメで撮った方が、会議室に居たときの雰囲気も更に思い出し易くなります。そして、その画像を電子文書に貼り付け、補足説明だけを電子文書で書き込み配信します。これで、その会議で生まれた暗黙知や臨場感を極力失うことなく、電子文書として残すことができます。加えて最後に、会議中の様子を撮影して加えておけば完璧です。

見事なアナログ情報とデジタル情報の融合だと思いませんか?

執筆:妹尾 真
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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