多事想論articles

「現場主導」の落とし穴

「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」

これは有名な刑事映画の名セリフで、切迫した事件現場の刑事から判断の遅い会議室の警視庁首脳に向けられた言葉です。当時も流行語になりましたが、最近改めてあちらこちらで現場主義、現場力という言葉を見聞きするようになりました。「顧客に最も近い現場にこそ解がある。現場の意見を重視すべき」、「どんなに素晴らしい戦略も現場の実行力が伴わなければ絵に描いた餅にすぎない」といった考えを背景に、現場を中心とした改革/改善の取り組みが活発化しています。
 そうした中、見事大きな成果に結びつけたというお話を頂く一方、「新たな開発プロセスや設計手法がなかなか定着せず、プロジェクトが解散したら元に戻ってしまった」というようなご相談を受けることも少なくありません。
現場が必要と感じて自ら生み出した解決策が、なぜ日常業務に定着しないのでしょうか? 
実はそこには、現場主導だからこそうまくいかない『落とし穴』があるのです。

1.『見えない落とし穴』
 現場主導だから伝わらない・・・改革の展開・定着活動の軽視
現場主導の改革チームは、自分たちは現場代表であり、それ以外の現場メンバーとも思いや認識を共有できていると考えがちです。そうなると自分たちが解決策さえ示せば、それが自然と広まり問題は解決されていくと思い込んでしまいます。ところが実際には、問題の真因や解決策に至った背景を含めて改革チーム外の現場メンバーと共有しなければ、解決策の意図は正しく伝わりません。

2.『避けられない落とし穴』
現場主導だから広められない・・・改革経験と実行権限の欠如
現場主導の改革チームは、改革活動の経験も少なく活動の推進に不慣れなことがよくあります。また、業務上の権限を持たないメンバーが中心となるため、改革の展開・定着に必要な部門間調整に手間取ったり、改革の抵抗勢力に臆して活動が滞ってしまったりといったことが起こりやすいのです。

 これらは改革の規模が大きくなればなるほど深く大きい落とし穴となり、展開・定着を妨げてしまいます。

 2つの落とし穴の回避策はいくつかの視点で語ることができますが、今回はトップやマネージャーといったマネジメント層の役割に焦点を当てて考えてみたいと思います。

 まず改革活動の実行計画に、施策のトライアルや教育プログラムの作成・実施といった展開・定着に必要なアクションが盛り込まれているかどうかを確認します。また、活動経過のレビューを適切なタイミングで実施することも重要です。現場の改革メンバーは解決策の探求にのめり込んでしまい、現場全体を見渡した改革の方向性を打ち出せなくなっていることがよくあります。
 改革活動が実行に移されると、頭で理解して率先して行動に移れる人、強制されないとやらない人、周りのメンバーの動きに合わせる人など様々な反応が現れます。改革の内容が革新的であればあるほど、最初から理解を示して協力してくれる人は少ないでしょうから、時と場合に応じてマネジメント層によるトップダウンの強制力が必要です。
 また、改革活動が立ち往生してしまった場合、そこから脱出するための導きが求められます。こういった場面をあらかじめ想定し、改革活動経験の豊富な社内部門や私たちのようなコンサルタントに支援を依頼し、現場と共に活動を進めさせるという判断もマネジメント層の役割です。

こう見てくると、冒頭の刑事映画のセリフの真意は「現場が一番分かっている。現場の思い通りにやらせろ。」というような単なるマネジメント批判の言葉ではないということが理解できます。「後ろ盾となって我々を支援して欲しい。」という現場の切なる願望の叫びに聞こえてはこないでしょうか。

改革活動の現場では、メンバーがその刑事のような思いに駆られていれる状況をよく目にします。マネジメント層の方々には現場主導の改革活動に対しても意識的に気を配り、声を拾い、支援し、成功への導きをお願いします。

執筆:蟹江 淳
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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