多事想論articles

人財は育つものではなく育てるもの

 製造業の事業責任者の皆様は、開発効率向上、期間短縮、工数削減などの目標をなかなか達成できないと悩まれている方々も多いと思います。私達も色々なお客様を訪問して、そのような話しを伺います。更に最近は、効率化のみを追い求めすぎた為に、人財が育たないという話しも良く耳にします。 本当に問題視しなければならないことは、効率良く設計が完了しないことだけではなく、考えることの出来る設計者がいなくなってきたことかも知れません。 その結果として問題が発生したときに対応が出来ない、新規性の高い製品の設計が出来ないといったことが起きてしまうのです。今回は設計者の育成について考えてみたいと思います。

 ある塾の講師をしている著名な方が、子供達に時間をかけてしっかりと勉強を教えれば、東京大学には誰でも入ることが出来ると言っていました。その塾では、すぐに答えを教えることはせずにヒントを与えながら考えさせ、気付きを与えるのだそうです。 そのような考える癖が付き、勉強に生かし、しっかりと時間を取って勉強をすれば誰でも東京大学に入ることが出来るそうです。斯く言う私も、考える癖が付くといった同じようなことを前職の設計者時代に経験しました。 設計者になってから2・3年目位の時だったと思いますが、上長との検証会でことごとく却下をされ続けました。却下された理由は、上長に何かを聞かれたときに「前の製品がこうなっていました」「前回から変更はしていません」「手順書に書いてありました」などと答えていたためでした。 「前と同じこと、手順書に書いてある通りにやるのであればお前は必要無い」と言われ「お前の考えを聞かせろ」と却下され続けましたが、出図納期が先延ばしになる訳ではありませんでした。 このようなことが2年位続き、最初は苦しさから逃れる為に、自然と指摘される前に考える癖が付きました。考える癖が付いたことで、結果的に、世の中では具現化されていない、社内の誰にも相談できない技術を搭載した世界初の製品を市場に投入することが出来たのです。

 では設計者は何故考えることが出来なくなってしまったのでしょうか?
原因の一つには設計効率化のみを追い求めすぎていることがあるように思います。時間が無い。時間が無いからチャレンジをしない。チャレンジをしないから工夫が無い。工夫が無いから真似をする。真似をするから考えない。 検証をする上長の側にしても、時間が無い。時間が無いから検証が疎かになる。検証が疎かなことが分かっているから、設計担当者も深い検討をせずに検証会に出てしまう。このように益々考えることが疎かになっていくのです。 この事はエレ・メカ・ソフト設計者に共通して言えることですが、もう一つの原因として、メカ設計に顕著な設計のデジタルツール化の影響も見逃せません。メカ設計の場合、紙の図面を書いていた時代は、一度紙に書き始めてしまうと修正が大変なので、仕様書、ポンチ絵、簡易図面を書きながら、設計成立性を考えに考え抜いた結果を図面に落としていました。 今では、CADを利用して図面化をしながらでも容易に修正が出来る為、図面化しながら考えた気になり、考えた気になったまま検証会に臨み、大した検証もされずに即手配をしてしまうといったことが起きているのです。

 このようなことを続けてきた結果として、設計者は考える癖が付かず、考える癖が付いていないことすら気が付かずに上長になり、次世代の設計者は、そのような上長に育てられたから、同じことが繰り返されている気がします。つまり、良い人財が育たないのは、設計担当者だけの問題ではなく教育をするべき人たちの問題も大きいのです。

 事業責任者の方々は、まずは勇気を持って設計者を立ち止まらせてみてください。競争が激しくなってきた時代だからこそ、走らせるばかりではなく、立ち止まらせてじっくり考えさせることも重要なのです。何も全員を同時に立ち止まらせる必要はありません。 これからを担う若手設計者数名を、ある期間に限定して、考える癖を付けさせてみて下さい。1年もすれば何かしらの変化が出て来ます。そしてそのような活動を多くの若手設計者に経験させる為にローテーションすることも必要です。立ち止まらせることには抵抗があるとは思いますが、少し先を見た活動をしてみることも必要です。 昔は勝手に人財が育っていたものですが、今は意図的に育てないと育ちません。しっかりと人財を育てていきましょう。

執筆:福田 浩明
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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