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技術伝承で意識すべきこと

日本の製造業ではアジア諸国を中心とした現地生産が進んできました。原価低減だけでなく、現地のニーズに合わせた製品開発のため、これからは設計開発業務の海外移転がますます進む傾向にあります。ここでは海外移転の際に必須となる技術伝承について考えてみたいと思います。


技術伝承の改善ポイント

最近、コンサルティングの現場で「技術伝承がうまくいってない。ベテランの知見が後進に伝わっていない。」と耳にすることが多くなってきました。以前は「今の設計者は自分で考えず、前の図面の内容をトレースしてしまう。」と言われていましたが、最近は「今の設計者は段取り良く仕事ができない。無駄な作業があったり、後回しでいいものを先にやったりする。」とよく聞くようになりました。一見意味の異なる言葉ですが、技術伝承の視座からいえば改善すべき項目は同じなのです。何をすればいいのでしょうか?

昔は自分なりに想像し、時には先達に教えを請いながら技術を学びました。その過程では失敗を繰り返すことも多かったと思います。しかし、競争環境の激化から多くの企業ではその余裕がなくなってきています。誰にも聞けない、失敗もできない設計者は、技術を学ぶ時間的余裕もないまま以前の実績をトレースするしかなくなっているのです。

これまでコンサルティングで訪問したお客様のほぼすべてが、技術伝承の取り組みとして設計手順書や過去トラ集、設計標準など様々な資料をまとめておられました。しかし、技術伝承がうまくいっているお客様は見受けられません。実際にインタビューした方々からは「資料を読んでも理解できずに使い物にならない」「いろんな資料があり過ぎて、どの資料を見ればいいかわからない」と散々な悪評をお聞きしたこともあります。実は、この悪評こそが技術伝承を改善するヒントになるのです。つまり、見てわかるように知見が残っていないことと、知見が様々な資料に点在してみつからないことの2点を改善すればよいのです。


「なぜ」を残す

見てわかるように知見が残っていないというのはぼんやりとし過ぎているようにも思えますが、具体的にどういうことなのでしょうか?
筆者の経験から言うと、「なぜ」が残っていないが故に見てもわからなくなっているというのが主な要因です。事実、お客様の設計標準や手順書を拝見すると「いつ」「なにを」「どうやって」は明文化されているのですが、「なぜ」が残っていない例を多く見かけます。皆様自身で設計手順書などの資料を確認いただければ、「なぜ」がわからないことを実感いただけるのではないでしょうか。
設計標準などの資料だけでなく、設計結果の成果物である図面やガントチャートにも同じことが言えます。 設計作業の結果は図面として残ります。しかし、「なぜその寸法なのか」「なぜそこにRが必要なのか」は図面には残りません。同じく、段取りの結果はガントチャートなどに残ります。しかし、「なぜその順番なのか」「なぜその作業が必要なのか」はガントチャートを見てもわかりません。

設計標準や設計手順書であれば、標準や手順を決めた理由が「なぜ」に相当します。寸法の閾値を定義した標準であれば、設定範囲を超えると発生するトラブルと、そのメカニズムを残しておきます。さらに、その閾値を決めた経緯や検証結果も合わせて残しておくと、理解がより深まります。

ガントチャートであれば、段取りを決めた理由を残すことをお勧めします。製造期間が長いので先行手配した、製品コンセプト上必須なので先行試験をするために先に設計した、など理由をコメントとして残すだけでも効果はあります。合わせて、その時その時の代替案や採用しなかった理由などが残っていれば、より詳しく伝承できるでしょう。


「なぜ」を整理する

せっかく「なぜ」を残しても、見てもらえなければ意味がありません。
「紙でしか資料が残ってない。しかも資料室の段ボール箱に入っているので、どこにあるかわからない」というお客様がいらっしゃいました。他には、データ化はされているが未整理でディレクトリの奥深くに眠っているので見つからないといったことや、整理されているが膨大にある資料から目的の資料を探しきれないといったお客様もいらっしゃいました。ファイルを探す・中身を確認する・目的と違うのでまた探す、を繰り返して時間を浪費した結果「もういいや」とあきらめてしまうのです。

見てもらうためのポイントは、探す立場に立って整理しておくことです。
社内ポータルサイトから資料を検索できる仕組みをお持ちのお客様もいらっしゃると思いますが、探す立場に立って整理できていないと、不十分です。
よくある例として、部品別や製品別だけで資料が整理されており、利用目的で探すことができていない場合があります。

図書館と比較するとわかりやすいと思います。図書館では書名や著者名だけでなく、出版社や発刊年など様々な切り口で目的の本を探すことができるように整理されています。ですので、たとえ書名、著者が分からなくても発刊時期などの情報があれば目的の本を探すことが可能です。
同じように、部品名や製品別だけでなく、利用目的(ISO対応、設計検証)、出荷先別など、資料がどういった状況で使われるのかを明らかにした上で、状況に応じた切り口で探すことができるように資料を整理しておくことが大事です。
時間はかかりますが、利用者である設計者とともに資料の使われ方から見直し、社内図書館を作り上げてみてはいかがでしょうか。


日常業務でもできる技術伝承

日常の技術検討会においても、「なぜ」を意識して議論することで、図面やガントチャートに込められた先達の知見に触れることができます。

あなたがもし指導する立場なら、常に「なぜ」と問いかけ、結果に込められた知見に気づかせてあげてください。あなたがもし指導される立場なら、「なぜ」を常に考えるよう意識し、結果だけでは見えない知見を理解していってください。

その繰り返しが技術伝承に繋がるのだと、私は考えます。

執筆:森 隆
※コラムは執筆者の個人的見解であり、iTiDコンサルティングの公式見解を示すものではありません。

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