多事想論articles

業界で生き残るための戦略

 昨今低迷しているモノ作り業界を尻目に、芸能界では某多人数系女性アイドルグループのブレイクから続くアイドルブームであるという。 もちろんブームだからと言って何でも売れるわけではなく、他の業界同様、そこでは生き残りをかけた熾烈な戦いが展開されている。そのような中で、最近某女性アイドルグループが台頭しつつあるのが気になり、その理由を解明すべく考察してみたところ、そこにモノ作り業界にも通ずるしっかりとした戦略の下、じわじわとシェアを伸ばしていく姿が見えてきた。

 アイドル市場は、いわゆるサブカルチャー市場の一角を占め、500億円規模とも言われているが、市場は成熟しゼロサム状態になっていると思われる。それを端的に表している言葉が「アイドル戦国時代」で、いくつものアイドルグループが乱立し、各陣営は限られた大きさのパイに対して陣取り合戦を展開している。一般的見解として、現在この業界では某多人数系女性アイドルグループ一門の寡占状態と思われるのだが、前述のグループは独特の戦略でその中に食い込み始めているように思われるのである。その戦略は、まさにランチェスターで言うところの弱者の戦略である。すなわち、自分たちが弱者であるという認識の下、市場を年齢や性別、嗜好といった属性別に分類し、目標を段階的に達成し、トップを目指す長期的スパンの戦略である。

 例えば、華々しくデビューして、主戦場であるアイドル市場で勝負するということを避け、まずはデパートの屋上や家電量販店のイベントなどトップを狙える市場でシェアを獲得し、そこから徐々にライブハウスやコンサートホールと規模を大きくしていくといった具合である。また、彼らの言うアウェー戦略ではアイドルファン以外からファンを獲得することに力を入れている。これは、某ロックグループや某フォーク歌手のコンサートに登場したり、プロレス会場へ文字通り乱入したり、果ては町工場でイベントを行うなど、全く自分たちのファンがいないところに出向いて無理やり市場を作ってしまおうという戦略である。ロックファンに対してロックグループとアイドルグループは競合しないし、プロレスファンに対してプロレスラーとアイドルは競合しない。そういう意味で、別なところで確立された市場は彼らにとってはブルーオーシャンで、だめでもともと、関心を持たれればラッキーである。しかし、それらはある程度功を奏しており、幅広い年齢層や女性ファンが多いのはその表れではないかと思われる。

 もちろん、戦術面として当のグループにそれだけの魅力がなければ話にならないのだが、これも他のアイドルとは差別化を図っている。まずドクトリン(絶対に守るべき価値観・理念)が「何事にも全力」と明確で、ライブでは化粧が全て落ちてしまうほど汗まみれで激しく踊り、時として声がかれてしまうまで(いわゆる口パクではなく)生で歌うことにこだわっている。また、他のアイドルではまずやらないであろうと思われること(変顔、ガニマタのポーズ、などなど)も、躊躇なくやり切っている。こういったことが、見る者に感動や親しみやすさを覚えさせ、応援してあげようという気持ちを喚起していると思われる。このように、ある意味モノ作り業界よりも競争が激しいアイドル業界で、このアイドルグループは勝ち抜いていくために戦略を駆使し、その成果も出始めているように見える。今後この戦略でどこまでシェアを拡大していけるか興味は尽きない。

 以上のように、一見モノ作り業界とは何の関係も無さそうなアイドル業界ではあるが、その戦略には学ぶべきものがあるのではないだろうか。今日のモノ作り業界の戦略を鑑みるに、シェア獲得のために次々と新製品を投入するとか、売れている製品の二番煎じを如何に早く市場に投入するかといったことに注力するあまり、本質的なことがなおざりになっているような気がする。すなわち、ターゲットの明確化とそれに合わせた差別化、あるいは魅力ある製品作り、そして場当たり的ではない中長期的な計画などである。時にはこのような一見何の関係も無さそうな業界にスポットを当てて、これをヒントに戦略を考えてみるのも面白いと思う。

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参考文献:"ランチェスター思考 競争戦略の基礎"、ランチェスター戦略学会監修、福田秀人著

執筆:齋藤 豊
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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