多事想論articles

判断基準と勇気

 皆さんは日ごろから、企画書、計画書、仕様書、図面、報告書、解析モデル、試作機など、何かしらのアウトプットを出していることと思います。アウトプットする過程においては、様々な視点でのチェックを目的に周囲の方々にレビューしてもらうことでしょう。そのときに、すべての指摘を取り入れてしまうことはないでしょうか。その結果、メッセージが薄くなったり、当初の構想からぶれてしまったりすることはないでしょうか。実際には、取り入れるべき指摘とそうでない指摘があるはずで、多様な指摘をアウトプットの進化向上につなげていくためには、それらを峻別するためのぶれない判断基準と判断を貫くための勇気を持つことが重要です。

 では、ぶれない判断基準を持つにはどうすればいいのでしょうか?第一に、論理的根拠を示す力を高めていく必要があります。論理的根拠を示すとは、たとえば図面を書く際に、寸法や材質などの設計値は、何の機能を達成するためにあるのか、その機能は上位システムのどの要求を達成するためにあるのか、製品全体のどの要求を達成するためにあるのか等を筋道立てて示すことです。このような力を培うためには、「どうして?それだけ?」をさかのぼる回数を徐々に増やしていくことが有効です。自分だけで取り組むのが難しい場合には人と話しながら進めるのも手でしょう。第二に、自分はどうしたいのかという意思を持つことが必要です。もっというと、悩ましい判断をすべき状況に置かれたときに、単に周囲にどうするかを仰ぐのではなく、その前に担当者としてどうしたいのかを示すことです。たとえば新方式の技術導入を企画する場合、自社開発にするか外部調達にするかを判断するために、それぞれの技術力・対応スピード・コストなどを比較検討していきますが、一長一短があって迷うことがあります。このような場合には、上位者が長期的なビジネス運営等を考えた果てに直感に近い判断を下すことになります。担当者としてこのような直感を先に示せるようにしたいものです。このような直感(自分はどうしたいのかという意思)は、与えられた業務を自分ゴト化することで培うことができます。たとえ会社組織での業務を自分ゴト化するのが苦手という方であっても、自分自身に関することについては自分ゴト化できているはずです。個人⇒家庭⇒組織と自分ゴト化する範囲を徐々に広げてみてはいかがでしょうか。

 次に、判断を貫くための勇気を持つにはどうすればいいのでしょうか?上記判断基準を持てたとしても、周囲に迎合してしまうこともあるでしょう。同調圧力に屈しない気構えが必要ですが、これは多くの読者にとって難しいことかもしれません。なぜなら、日本人は外国諸国に比べて農耕民族であった歴史が長く、他者と同一であることが強く求められ、周囲の指摘にあわせようとするメンタリティを培ってきているからです。判断を貫く勇気を持つためには、大きく二通りのアプローチが考えられます。一つ目は、今いる組織の中で、自分も周囲も独自の判断基準を示せるように働きかけていくことです。ただし、このアプローチは組織的に辛抱強く取り組むことが必要です。元に戻ろうとする意識が強く効いてしまうことから、個々人の行動に浸透するまでに多大な時間を要するからです。二つ目は、自分の価値観/判断基準を示さないと生き残れない状況に身を置き、その状況に慣れることです。手段としては、異業種が集まるビジネススクールに通うことや、海外に身を置くことが考えられます。このアプローチは個人として取り組むことで比較的短時間で身につけることができるでしょう。

 ここでは判断基準と勇気が必要と述べていますが、これは多様な価値観を一方的に遮断することや単に意固地になることとはまったく別物です。自身がそうした状況に陥っていないかを見極める冷静さを磨くことも大事でしょう。

 さて、開発業務のご支援をする中で経営層の方から「どうして現場担当者は自分に反論してこないのか?YESマンになってしまうのか?」「なぜ現場担当者はここまで遂げてきた仕事を自分の指摘で簡単に覆せてしまうのか?」といった声を聞くことがあります。今は日本にとっては先が読めない時代である、イノベーションが求められる時代であるといわれて久しいですが、この状況下では、過去の経験が正しいとは言い切れず、むしろ現場の最前線で働いている方の直感のほうが正しいことも珍しくありません。経営層からの指摘に対して、逆に担当者としてはこういう理由で考えてきた、だからこうするべきです、と主張することがより強く求められてきているのではないでしょうか。そのためにも前線に立つ身としては直感の元になる感性や知見を磨き続けるだけでなく、周囲の指摘を峻別する判断基準と勇気を培っておきたいものです。

執筆:菅 仁
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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