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改革活動に不可欠な定着支援

 改革活動においてプロセスや仕組みを作りこんでも実業務に定着できなければ、期待する成果にはなかなか結び付かない。改革活動の成果を刈り取るために定着フェーズが重要であることは、皆がわかっていることだが、なぜかこの定着フェーズに必要な体制・予算が確保されずに軽視されていることが多い。その結果として、標準プロセスの構築まで実施したが、その後定着できないまま形骸化したり、重大な市場クレームを契機としてまた同じようなプロセスを構築したりと「仏作って魂入れず」の状態になっているケースをよく耳にする。

 では、なぜ定着支援は軽視されてしまうのか、私なりに考察してみた。定着支援とは子供の自転車の練習に似ていると思う。補助輪をはずし、子供が自分でバランスをとって一人で乗れるようになるまで、後ろで補助し、励ます親兄弟のようなものだ。一旦子供が感覚をつかんでしまえば、自走(他の手を借りないで自分の力だけで走るという意味)できるのだが、転んで痛い目をみると自転車を敬遠してしまうことになる。子供の自転車と違うのは、対象者が組織内のすべての人になることだろう。定着支援に際しては、まず対象者を集めて新たなプロセスや仕組みを説明するところから始まるが、説明したからといって自転車に直ぐには乗れないように、一人ひとり実施できるように補助していくことが必要になる。実施できる人が増えていけばお互いに伝え合い、教え広がっていき、組織の7割も実施できるようになれば常識となり維持されていく。この状態までくれば定着支援の完了だ。

 上記の説明だと意外と簡単に思えて、すぐに自走できるのではないかと思う諸氏もいるだろう。ところが実際には思うとおりには進まない。人は変化に抵抗する生き物だからだ。いろいろな理由をつけて抵抗する。たとえば

 ・今忙しいから対応できない。(一番多い)
 ・自分のPJには条件が合わないから適用できない。(合わない理由を見つけてくる)
 ・粗探しをして、それが解決されるまで何もしない。
 ・皆がやるようになったらやる。
 ・自分のやり方のほうがいいはずだ。理解できないからやらない。
 ・面従腹背で、やるといいながら何もやらない。

 これらはすべて私が体験したことだが、定着支援ではこの抵抗をやり込めるのではなく、改革に向けて共に歩むことが必要だと思っている。そうしないと改革の目的を忘れ、怒られないよう形だけ繕い、強制力がなくなった途端にもとの木阿弥となるからだ。ちなみにこれらの抵抗をしている人はどんな人が多いかというと、課長級の方やベテランである。新しいことを始めるので一時的に負荷が増えることを嫌ったり、自分のやり方に自信を持っているため、なじむ前の問題と思い抵抗してしまうのである。一方、若い方はさほど抵抗なく、会社の決めたことだからと受け入れが早い。こういうアイデアはどうですかと提案を持ってきたりもし、変化に柔軟である。なお、問題意識をもって変わらなければと思っている課長級の方やベテランも中にはいるので、このような方には改革の支援者の一員としてうまく定着支援の輪に取り込んでいけるとよい。

 さて、定着支援の大変さを理解されている方は増えていると思うが、体制・予算の確保となると一段とハードルがあがる。外部に委託する場合だけでなく、自組織内に体制を組むにも予算が必要となる。「やるだけだろ。会社の業務命令でやるのだから、なんで金や人がいるんだ?」という経営層はまだまだ多い。また経営層の問いにうまく答えられる人もそう多くはない。改革をスタートする初期の段階から定着支援が必要なことを合意していても、実際のタイミングではそれ相応の体制・予算の確保が難しいのが実情ではないだろうか。

 一例として、定着支援の体制を改革スタート当初から組織化したこともある。改革スタート初期では改革推進チームの支援を行い、徐々に改革についての啓蒙活動、トライアルプロジェクトの支援、現場の意見の収集、定着活動の準備等を行った。こうすることでスムーズに定着段階に移行できただけでなく、定着に向けた課題を経営層に理解してもらいながら進めたおかげで体制の継続維持が決まった。いまではプロジェクトの定着支援だけでなく、改革効果の測定と成果報告会などの運営も行い、組織のPDCAを推進する上で必要な組織となっている。体制の維持が決定した理由は、定着段階においても仕組みの教育や具体的な手法や方法についてのQ&A、想定外の問題への対処や仕組みの改善など、様々な課題が発生し、「やれ」という号令1つでは解決できないこと、またそれを部門長が背負うのは難しく受け皿が必要なことがポイントであった。

 体制・予算の確保が難しい事例では、厳しいビジネス環境の中で経営層が「あとは自走できるだろう」または「自走してほしい(願望)」と考えて判断していると思われる。もし自走できなければそれまでの投資が無駄になるだけでなく、その失敗経験が組織に傷として残ってしまうのだが、過去に自走半ばで改革の目的を達成しないままで終わった事例が無かったか思い出してほしい。改革推進者には、現場への啓蒙だけでなく、定着支援の必要性を理解してもらうために経営層への啓蒙も必要であることを今一度ご認識いただければ幸いである。

執筆:高野 昌也
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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