多事想論articles

研究開発の現場がまず考えるべきこと

 国内の製造業、とりわけ家電メーカーは、最近こそ業績に回復の傾向が見られるものの、依然として海外メーカーとの厳しい競争にさらされています。技術力はあるのに、製品がなかなか売れないという声を聞いて久しくなりました。なぜ、このような状況になってしまったのでしょうか。その原因について、これまでも様々な切り口で語られてきたと思います。
 本コラムでは、私が感じている国内製造業の研究開発現場における問題について述べたいと思いますこれは、私自身が家電メーカーの研究開発部門に所属していた経験から得たものです。

 近年の家電メーカーは、スマートフォンやロボット掃除機などのように、トレンドを追いかけるだけの二番煎じになる傾向があります。この傾向は、とくに大企業ほど強いような気がします。「競合の○○社がやっているから、ウチもやらなくては!」や「今こそ、ウチの技術力の高さを示すべきだ!」というような動機付けにより、各メンバーは最先端のことをやっている気になってしまうのです。
 かつての私の所属部門でも、進行中の開発案件や中期計画、事業計画を策定する際に、市場の動向や競合、自社の状況を分析して、そこから新たな顧客価値やニーズを探ろうとしていました。もちろん、このような手法によって得られる情報も多くあります。しかしながら、発信されるアウトプット、すなわち開発の方向性や将来に向けたビジョン・ロードマップは平凡で、どこかで一度は聞いたことがあるようなものばかりでした。このような状態で開発を続けると、ひとたび風向きが変わってしまったときに、自分たちが進むべき道を見失いやすくなります。
 世の中のトレンドに乗っているという一種の安心感のようなものから、自分たちが本当にやりたいことなのかという視点が薄まってしまっていることが、国内製造業の研究開発現場が抱える根本的な問題であると、私は感じています。

 ある研修でOBの方にインタビューする機会があり、興味深い指摘を受けたことがありました。その方は、顧客価値を捉えるという観点に対して、次のように仰っていました。「顧客価値を考える上で忘れてはならないのは、世の中の顧客とはまず自分自身であること。今のエンジニア諸君は、本当に自分がやりたいと思うことに取り組んでいますか。自分自身のことをきちんと理解せずして、どうして他の人に向けた価値を知ることができるのでしょうか。」と。
 その方たちの時代には、エンジニアはみな、自分が会社を背負っているくらいの意気込みで開発に臨んでいたそうです。「自分はこの製品が本当に欲しいと思っている。だからこそ、自信を持って、皆さんにオススメすることができる。」そのようにして、顧客価値を自ら創出していったと伺いました。
 このメッセージは、ちょうど私が業務で感じていた問題意識と重なりました。どこにも負けない技術力があるはずなのに、それがなかなか目に見える成果や業績の向上に結びつかない。自分たちに根本的に足りないのは、このような気持ちだと確信を持ちました。

 誤解のないように申し上げておきますと、この視点は、自分が欲しいものを作ってさえいれば、誰でもそれを買ってくれると言っているのではありません。しかしながら、今の研究開発の現場に、このような強い気持ちを持って製品と向き合っている人がどれくらいいるでしょうか。私は、このような気持ちの欠如こそが、近年の国内製造業の研究開発現場が抱える根本的な問題であると感じています。要するに、自分が本当に欲しいと思う製品を開発せずして、どうして世の中の顧客が購入してくれるのかということ。どうして新しい顧客価値やニーズを探すことができるのかということです。
 みなさんの中にも、思い当たる節がある方がいらっしゃるのではないでしょうか。本コラムが、この点について見つめ直す機会になれば幸いです。

執筆:安松 亮
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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