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欲しいものが分からない

 あなたは買い物や食事に行くと、どれにするかすぐに決められますか?食事をするためにレストランに入っても何を頼むかなかなか決められない、目移りしてオーダーを絞り込めず、結局、少しずつ全部入っているものを選ぶ...、そんな風にすぐに決められない人は少なからずいるのではないでしょうか?

 レストランでメニューに好きなものが一つしかなく、他は全て嫌いなものだったなら、決めるのは簡単です。では、例えば、もし好きな料理とともに、流行の料理がメニューにあったらどうでしょうか?「私」という消費者の場合、仮に「好き」なものを注文しても、隣のテーブルに「流行」のものが運ばれて行くのが目に入ると、「あっちの方が良かったかも?」と注文を変更したくなります。でも、もし「流行」で選び直せたとしても、今度は「好き」の方が良かったかもしれないと再び迷います。

 なぜ迷うのでしょうか?その理由は「そもそも何が一番欲しいか分からないから」という一言に集約されると考えます。先の例では、「好き」なのか「流行」なのかという、同じ尺度では測れないことを比較しようとしています。また、「好き」と「流行」の間にも優先順位を付けていません。つまり、「私」は、意思決定の軸を定められないため、解を見つけられなくて迷っていると言えます。

 ただし、消費者にとって、決められずに悩む(迷う)ことは、さほど大きな問題ではありません。もし意思決定が遅れても、多少の不便を被る、流行に遅れるといった程度の影響しか受けないことが一般的です。消費者によっては、あれこれ考えを思い巡らせて悩むこと自体が楽しいと考えることもあるでしょう。

 では、今度は、消費者にモノやサービスを提供する側について考えてみましょう。レストランでは、色々な料理が少しずつ盛られていて、値段もそこそこな「全部入り」のランチプレートが提供されているのをよく見かけます。本当に全部を食べてみたいと思っている消費者なら、喜んで「全部入り」を選んでくれるでしょう。また、通常、消費者は一度レストランに入ると、欲しいものがなくても、何もオーダーせずに出て行くことはまれですから、軸が定まっていない消費者にもうってつけの商品でしょう。しかし、もし消費者の心はよく分からない、それなら無難に全て入れておこう、という提供する側の心理を投影した「全部入り」だったとしたら、この先、どういうことが起こり得るでしょうか?

 例えば、消費者ニーズを捉えにくい製品を開発しているメーカーが「全部入り」を作ろうとすると、通常、多機能な製品が出来上がり、当然、コストも価格も高くなります。しかし、そのような製品は、欲しいものがよく分からない消費者にとって、使い方のよく分からない機能がずらりと並んだ「ただの高額なモノ」に映るでしょう。このような場合、消費者には、どれも買わずに立ち去るという選択をされてしまいます。つまり、メーカーが、消費者ニーズを捉えにくいからといって曖昧なスタンスで「全部入り」を作ると、コストばかりがかさんだ売れない製品の山が築かれるということになります。このような製品を出し続けるメーカーからは、消費者の心がどんどん離れていくということは言うまでもないでしょう。

 では、メーカーはどうしたら良いのでしょうか?企業が消費者の欲しがるものを見越すことはできるのでしょうか?残念ながら、そのような勝利の方程式はありません(もしあったのなら、どの企業もヒット商品を連発していることでしょう)。

 しかし、消費者が自らニーズを明確にしないとしても、何も意思表示しない・できない訳ではありません。つまり、企業が「探る」方法はあるということです。冒頭のレストランの例において、私は「好き」と「流行」という軸で悩んでいました。もし、レストランから「手早く食べ終われる」や「野菜が多く含まれている」など、別の軸を持ったメニューがさらに提案されれば、答えが明確になる可能性が高まるのです(私の場合、野菜料理を選びます)。

 つまり、消費者は「何が欲しいか?」と漠然と問われても答えられませんが、モノやシーンがより具体的に設定されていれば、答えられるようになるのです。従って、メーカー自身が、製品・機能がどのようなシーンで消費者の役に立つのかを分かりやすく提示すれば、消費者に自分の好みや意見を表してもらえるでしょう。

 提供するモノ・サービスが、どのように役立つのかを分かりやすくし、消費者が回答しやすく問うこと。消費者の本当に欲しいものに辿り着くための鍵は、ここにあると考えます。

執筆:花井 紀子
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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