多事想論articles

『アナ雪』に学ぶ新規事業推進の鍵

 今回は私が感銘を受けた映画予告編と、そこから得られる新規事業推進のヒントについて、紹介させていただきます。

 私は学生時代から映画館で映画を観るのが趣味で、いまでもレイトショーなどを利用して、月に1度は映画館に通っています。映画館は視聴する場所と時間の両方を強く限定するため、自由度という点でスマートフォンによる動画視聴等と比べて大きく遅れているメディアであると言われています。しかし、その圧倒的な大画面と音響、そして日常から切り離されて作品に集中できるという点で、まだまだその魅力は損なわれていないと思っています。
そして、映画館での個人的な楽しみがもうひとつ。それは、次回上映作品の予告編です。近年は映画館で予告編が封切られるのと同時にインターネットで公開されることも多いですが、個人で探して観に行くプル型のインターネット配信と異なり、本編公開前に半ば強制的に観せられるプッシュ型の予告編は、映画ファンにとって未知の作品との良い出会いの場となっています。
そのため、予告編はその作品のエッセンスを短時間でいかに伝えるかというプレゼンテーション的な側面が強く、観客を近いうちにもう一度映画館へ呼び戻すためのインパクトを与えることに腐心していることが伝わってきます。「アクション映画の本編に、予告編で出てきたシーン以上のアクションシーンは無い」というのは有名な話です。
そんな力作揃いの予告編の中で、特に強く印象に残っている作品があります。

 それは、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ製作による2013年公開作品(日本は2014年)、
『アナと雪の女王』です。
...タイトルで既にネタバレしてしまいましたが。

 『アナと雪の女王』の劇場予告編は、主人公の一人であるエルサが雪山を一人で歩いているシーンから、雪の女王となって氷の城を建築するまでのシーンを、約4分間ノーカットで上映していました。その間、サウンドトラックはヒット曲となった『LET IT GO』のみを流しており、補足説明は一切なし。なぜ雪山を歩いていたのかという背景はおろか、画面内の少女の名前も、そもそもタイトルに出てきた『アナ』とは誰なのかもわからないまま予告は終わってしまいます。
しかし、装飾のないノーカットだからこそ、印象的な音楽と綺麗な映像に乗って自己肯定によって変わっていく主人公の心情の変化がダイレクトに伝わり、総花的な他の予告編以上のインパクトをもたらすことに成功していたと思います。

 上記の予告編について少し考察をさせていただくと、『アナ雪』製作陣は自分達の作品の「強み」と、お客様にとっての「価値」をよく理解されていたと思います。具体的には、「強み」は映像・音楽をシンクロさせることで観客へメッセージを強く伝えるディズニー伝統のミュージカル手法、「価値」は心理的葛藤を前向きに持っていくメッセージだと筆者は考えます。その「強み」が最も発揮され、「価値」が観客に最も伝わりやすいワンシーンだけをセレクトしたところに、この予告編の凄みがあるかと思います。逆の言い方をすれば、例えば作品のメインテーマのひとつである姉妹愛等は削ぎ落としたということでもあり、その取捨選択の明確さは他の作品にはなかなかマネできないところなのかもしれません。

 この自分達の「強み」とお客様にとっての「価値」を明確にし、それを相手に伝えることが大切なのは、決して映画の予告編に限った話ではありません。実は新規事業を推進する際にも、とても重要なポイントとなります。それはなぜでしょうか。
その答えは、「顧客価値の共有」こそ、幾多の困難を乗り越えて新規事業を孵化させるための原動力であるためです。通常、企業は既存の事業を推進するために最適化されているため、大きな変化を伴う新製品の事業化に対しては、残念ながら様々な立場の社内メンバーが抵抗を示しがちです。新規事業を推進するための困難(壁)としては、例えば、その製品がどのくらいの規模の市場を生み出せるかという『目利きの壁』、投資リスクを恐れて踏み出せない『投資の壁』、そして組織内メンバーの利害得失によって既存製品を優先する『組織体制の壁』などが存在します※。
では、どうやって幾多の社内の壁を乗り越え、新製品を世に出していくのか。一番の基本となるのは、会社やメンバー間の利害得失の議論ばかりに陥ることなく、その新製品が最終的にお客様のどんな「価値」につながるかという『顧客価値志向』の視点で事業評価を進めていくことです。実際、iPhoneやHEATTECHのようなヒット商品も、既存の方法や固定観念を超えて、真に顧客の価値を考えたモノづくり(&コトづくり)から生まれています。
しかし、自分も相手もまだ見たことのない新規性の高い商品の価値、しかも自分達にとっての価値ではなくお客様にとっての価値を伝えるのは、なかなか容易なことではありません。うまく伝えられないと、往々にして相手を説得しようと「あれもできます、こんな機能もあります」と余計な機能や情報を付与しがちですが、それは逆に何が本当の価値かをぼやかしてしまいます。そんな時、対外向けの予告編と社内関係者向けのプレゼンテーションという違いこそありますが、「強み」と「価値」だけを端的に伝えた『アナ雪』予告編は非常に示唆に富んでいるかと思います。「上司が新商品の良さを理解してくれない」とお困りの方は、一番のお客様にとっての「価値」は何かをまず見直し、それだけを端的に伝えるところから再スタートしてみてはいかがでしょうか。相手と顧客価値を十分に共有できれば、続く自分達の「強み」についても議論が深まり、きっと新規事業を次のステップへ進めていくことができると思います。

 弊社では、上述の「顧客価値志向」の新規事業のアイディア発想をはじめ、「価値」「強み」の明確化、「壁」を越えるための事業性評価等をご支援しております。『アナ雪』のように魔法が使えるわけではありませんが、これまでの支援経験やノウハウによって必ずやお役に立てるかと思いますので、新規事業推進でお困りの方はぜひご一報いただければと思っております。

 ※ITIDでは、新規事業を妨げる社内の障害を『5つの壁』と定義しています。より詳細に知りたい方はぜひこちらのコラムも合わせてご覧ください。

執筆:勝田 昇平
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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