多事想論articles

共感で人を動かす

 先日、広島へオバマ大統領が訪れ、演説を行いました。 その是非についてはここでは述べませんが、演説の内容に少なからず心を動かされた方も多いのではないでしょうか。 演説の骨子をあらためて眺めてみると、「人に伝える」上で重要なポイントが見えてきます。少し引用しながら紐解いていきたいと思います。

 まず冒頭から、ショッキングな事実を聴衆にイメージで想起させます。
Seventy-one years ago, on a bright cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city and ...
「71年前、よく晴れた朝、死が空から降ってきて世界を変えてしまった。閃光と火の壁が街を破壊し・・・」

そしてそのあとに、問いを投げかけます。
Why do we come to this place, to Hiroshima?
「なぜこの地、ヒロシマに来たのか」

問いかけによって、受け身だった聞き手はその答えを考えざるを得なくなり、強い関心が沸き起こります。

仮に、オバマ大統領がこの演説を通して伝えようとしている
・人が殺しあうべきでないこと、
・大量破壊兵器が拡散すべきでないこと
等を滔々(とうとう)と説いたとしても、多くの人にとってはすでに理解している(と思い込んでいる)ことを聞いていると感じ、受け流してしまうかもしれません。しかし問いを受けた瞬間、オバマ氏の心情やそこから出てくる問題について自ら考えるようになります。

さらに演説は人類の歴史における功罪、科学の二面性などに触れながら、またヒロシマの地に戻り、こう続きます。

We stand here in the middle of this city and force ourselves to imagine the moment the bomb fell. We force ourselves to feel the dread of children confused by what they see. ...
.., so that we might think of people we love, the first smile from our children in the morning, the gentle touch from a spouse over the kitchen table, the comforting embrace of a parent. We can think of those things and know that those same precious moments took place here 71 years ago.

「ヒロシマの中心地に立つと、原爆が落とされた瞬間のことが想像されます。あまりの光景におののく子供達が思い浮かびます。」 「・・そして、私たちが愛している人たちのことを考えます。朝一番の子供達の笑顔、愛する人との食卓を挟んだ優しい触れ合い、親からの抱擁、そういった素晴らしい瞬間が71年前のこの場所にもあったのです。」

このように当時の悲惨な状況を聴衆の現在の状況に連ねて語ることで、我々の意識はそのとき苦しんでいる人々と重なります。 ここまで来てようやく、心からそれを解決したいという気持ちが芽生えるのではないでしょうか?

この演説のうち、聴衆に対する働きかけをしている部分は
1.同じ課題イメージを心の中に形成し
2.関心を引きつけ
3.すべきこと・ゴールを心から共感する
という大きな流れになっております。そしてこれが、聴衆の心を動かしたポイントです。

 人前での演説に限らず、ビジネスの場面でよくある、人に何かを指示する場合や、お願いする場合においても「ゴールを心から共感してもらう」ことが重要です。そして共感を形成するためには、背景・課題を共有し、強い関心を持ってもらうことが不可欠です。 いきなり「すべきこと」を提示して反発されてしまったり、なんとなく受け流されてしまったりすることはないでしょうか。これは、まだ相手が心から「やるべきだ」と思えておらず、他のことの優先順位が高いままの状態です。人が動くときというのは、論理的な面だけでなく、感情的な面が伴って初めてなされるものです。心からゴールに共感してもらえれば、こちらが望んだ以上の結果をもたらせてくれることも珍しくありません。

 共感によってうまくいった例は、ディズニーランドです。
ウォルト・ディズニー氏は孫と出かけた遊園地のあまりの汚さと退屈さに 「地球で一番幸せな場所をつくろう」という夢を抱き、「夢と魔法の王国」ディズニーランドを設立しました。そしてそれに心から共感したスタッフの努力によってサービスの高さが世代を超えて維持されています。

 想像力こそが人間を進歩させ、未来を切り拓く力になります。そしてその想像、イメージを多くの人が抱けば実現へと大きく動きます。同じ想像を心の中に抱くこと、それこそが共感への一歩であり、人を動かす原動力になるのではないでしょうか。

執筆:大屋 雄
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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