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育成のための"バリア"

 ここ数年、当社にいただくご相談として"人材育成"が増えてきました。 人材育成は対象の職層によって異なる悩みがあるのですが、最近は特に若手の育成をテーマとして挙げられるお客様が 多くなっています。「自分で考えない」、「指示待ち」、「モチベーションが低い」など具体的に困っていることをお聞きする中で、「自分たちの若かったころと比較して、受けてきた教育や与えられた環境が異なっているので、どう育成したらよいかわからない。」という方も多くいらっしゃいます。「ゆとり世代だからしかたがない。痛い目にあえばそのうち成長するだろう。 」と半ば諦め気味の育成担当者もいます。
 今回は"若手の育成にどのように向き合っていくか"について、サッカーオリンピック代表を例にお話します。

 2016年8月に行われたリオデジャネイロオリンピックにおいてサッカー日本代表は1勝1敗1分けで予選敗退という結果に終わりました。結果だけを見ると前回のロンドンオリンピックにおける4位という成績に見劣りしますが、私はこの世代の日本代表にとっては大きな成果だったと考えています。今回のオリンピック代表は谷間の世代と評され、オリンピックの出場すら危ういのではないかと言われていました。実際、これまでのアジア大会では、ベスト8の壁を超えることができずに苦しんでいたのです。しかし、結果としてはアジア最終予選で優勝し、オリンピックの出場権を獲得しています。メディアの情報では、オリンピック出場権を獲得した要因として"スタッフまで含めたチーム全体の勝利"が挙げられています。実はアジア最終予選には日本からシェフを帯同して選手のコンディショニングをサポートしていたのですが、それが勝利の要因のひとつだったというのです。これまでオリンピック世代以下にはシェフの帯同がないのが通例で、そこには予算的な理由とともに、「厳しい環境でハングリー精神を養う」という趣旨がありました。オリンピック代表の手倉森監督は「今の平和な日本の恵まれた環境で育ってきた選手たちに、いきなり変な食事 で"ハングリーになれ"と言っても、それは無理だろう。これまで超えたことのない壁を超えるためにできるだけのサポートが必要だ。」と考え、シェフの帯同を決めたそうです。私が最初にシェフの帯同の話を聞いたときには「甘やかしじゃないか?」と感じたのですが、その後の手倉森監督の話を聞いて、若手の成長に対するサポートという点で気づいたことがありました。
 オリンピック代表に選ばれるような選手はプロサッカー選手として活躍して、ゆくゆくはA代表に招集される人も多いでしょう。プロとして生き抜いていくためには技術面だけでなく、精神面での成長は必須であり、若いうちからハングリー精神を植え付けたほうが良いのかもしれません。しかし、精神面の成長は中長期的な課題であり、すぐに結果の出るものではありません。アジア最終予選では「オリンピック出場」という短期的な成果を確実に得ることが目的でした。この目的を達成するために中長期的な精神面の成長は一旦棚に上げ、甘やかしだろうが何だろうが、環境面でできる限りのサポートが必要だと判断したそうです。

 これは、開発業務における若手の育成においても同じことが言えます。若手の育成においては業務成果と成長のバランスを頭に置かなければならない場面が数多くあります。開発成果を出すことを重視し、経験のある範囲内だけの設計検討業務を実施させることもあれば、あえて経験の少ないリーダー役に任命し、失敗しそうなときには上司が矢面に立ちながら、開発関係者を巻き込んだプロジェクト推進の経験を積ませたりすることなどがバランスのとれている例です。もし、バランスを考慮せず、未経験の業務をサポートの少ない環境で実施させた場合、多くの若手はよい成果を出すことができないでしょう。 その結果、業務に対する自信がなくなり、新たな業務へのチャレンジなどをしなくなるというバッドサイクルに陥ってしまうのです。
 忙しい開発業務の中で、このバランスを適切に判断するのは難しく、特に経験の少ない業務に対するサポートを強めようとすると、工数や予算の問題、甘やかしといった精神論など否定的な意見が出てきます。育成する側からみると、自分たちはあまりサポートのない環境で育ってきたという思いもあると思います。しかし、製品開発のサイクルが短く、短期的な成果を多く求められる中で、自発的な成長を全ての若手に期待することが難しい 環境になっていることは否めません。近年の厳しい開発環境に放り込まれる若手に対して、段階的な成長という視点を持たずに育成しようとしても、以前のような結果は生まれないでしょう 。若手に対する適切なサポートや環境は"甘やかし"ではなく、将来の芽を潰さないための"バリア"なのです。現在の開発環境下においては、育成担当者が"バリア"の認識をもち、中長期的な視点で若手の成長を支えることが必要となっているのです。

執筆:榎本 将則
※コラムは執筆者の個人的見解であり、iTiDコンサルティングの公式見解を示すものではありません。

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