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「かもしれない運転」できてますか?

 皆さん、唐突ではありますがハインリッヒの法則をご存知でしょうか。ハインリッヒの法則とは、1つの重大事故の背景には、29の軽微な事故があり、その背景には300のヒヤリとする、またはハッとするような事象が存在するという法則で、アメリカの損害保険会社にて技術・調査部の副部長を務めていたハーバート・ウィリアム・ハインリッヒ(Herbert William Heinrich)という人物が発表した内容です。

 製造業では作業現場の事故防止のためにヒヤリ・ハット活動を行っている会社も多いと思います。
これはハインリッヒの法則でいうところの「300のヒヤリとする、またはハッとするような事象」を共有し、対策することによって軽微なものから重大なものまでのあらゆる事故を防ぐことを目的としています。

 私は前職で自動車開発に携わっていました。その際、開発する側として自動車事故、特に加害事故(人身・物損含む)は絶対に起こしてはいけないということを徹底され、事故防止の一環として、ある運転シーンを題材にどのようなヒヤリとする事象が潜んでいるかを共有し、自分自身の運転についてメンバーと議論するという活動を行っていました。議論では、日々の運転の中に重大事故につながる様々なヒヤリ・ハットがあることに気づき、またその多くは安易に「大丈夫だろう」と判断しがちなものが非常に多いということもわかりました。

 よく自動車事故を防ぐためには「だろう運転」ではなく「かもしれない運転」を心掛けましょう、ということが言われます。だろう運転とは「自分に都合よく安全だと思い込み運転すること」、かもしれない運転とは「自分に不都合な安全ではない可能性を想定し、余裕を持った運転をすること」です。また、だろう運転の「都合よく」とは、人・もの含む全てが自分の思い通りに動いてくれるという意識になっている状態と解釈することができます。例えば、自分がいるのだから対向車は曲がってこないだろう、横断歩道がないので人が出てくることはないだろうと考えてしまうのは「だろう運転」の状態です。

 では、皆さんの業務に話の視点を変えてみましょう。皆さん日々の業務で「だろう運転」をした経験はありませんか? 私はあります。これまで述べてきた「だろう運転」の結果、1つの重大不具合に繋がってしまった苦い経験です。
 当時、ある開発プロジェクトで試作車の走行試験結果を確認していると、気になる出力をしているデータがありました。その結果をプロジェクトメンバー内で共有しましたが、安易に「大丈夫だろう」と判断してしまい、その後、市場で重大な不具合を発生させてしまいました。まさに前述の「だろう運転」をしてしまったことが原因です。
 なぜ「だろう運転」をしてしまったのでしょうか。振り返ると、プロジェクトメンバーにデータを共有した際、メンバーから「検討や検証には新たなリソース確保が必要」、「開発期間に間に合わなくなる」といった不安や乗り気でない声が多数上がり、それにより私を含めプロジェクト全体が「今回のデータはたまたま発生したもので定常的に発生するものではないだろう」という意識になってしまったことが原因だったと考えます。

 製品開発においてQCD(Q:Quality 品質、C:Costコスト、D:Delivery納期)が重要であることは一般的です。特に、品質の確保は最低限守らなければいけない事項ではありますが、実際はコストや納期を優先させてしまうことも多いのではないでしょうか。コストや納期に厳しすぎる状況においては、たとえ問題の芽に気づいたとしても、刈り取りに多くのリソースや期間を費やす場合、目をつぶってしまいがちです。問題発生には繋がらないだろうと都合よく解釈した「だろう運転」になってしまうのです。前述の自動車運転においても、時間がなく急いでいる状況において「だろう運転」になりがちだと言われています。

 私はその後、前職の自動車会社でマネジメントの立場になりましたが、品質を達成させるための検討でコストや納期に影響が出る懸念点が出た場合は、マネジメント側が喜んで引き取ると宣言し、メンバーには必ずコストと納期を一旦無視して懸念点を顕在化させるよう徹底しました。また、懸念点を多く抽出できた人はグループミーティングで賞賛するなど、懸念点を顕在化させることが奨励される雰囲気作りを行い、メンバーが「かもしれない運転」を行いやすい環境を心掛けました。結果、メンバーの品質に対する意識が向上し、不具合流出は減少しました。
 多くの企業でFMEAやFTAといった品質向上のための取り組みが行われていますが、形式だけでなく実施者の意識にもメスを入れられなければ品質向上にはつながらないでしょう。

 皆さんの会社では「かも知れない運転」が実践出来ていますか?今一度確認されてみてはいかがでしょうか。

執筆:渡邉 伸一郎
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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