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製造業におけるサービス化検討の第一歩

 「サービス化」という言葉が使われ始めてから、かなり時間が経ちました。その間、先進国の製造業は新しい成長戦略としてサービス化に着目し、それを通じて競争力の強化を図ってきています。日本でも他の先進国同様、サービス化の検討が活発に行われるようになりました。しかし、その検討の多くが具体化までに至らず、苦戦していることを耳にします。本稿ではサービス化への転換で苦しんでいる製造業の皆様へ、ブリヂストンのリトレッド事業(擦り減ったタイヤを貼り替えて再生する事業)の事例を参考にサービス化検討の第一歩についてお話したいと思います。

 昨今、企業にとっての競争力は、ビジネスにおいてどれだけ革新を起こせるかというイノベーション力がそのカギとなりつつあります。経済のトレンドからいうと、大量生産による規模の経済、交換価値による財の所有、有形資産中心の2次産業社会から、使用価値、経験、無形資産で代表されるサービス中心の3次産業社会へと急激に変貌を遂げています。このような変化はタイヤ業界も例外ではありません。モノ製品からの差別化が難しくなってきたタイヤ業界は価格競争に陥り、その競争は激しさを増しています。そんな中、ブリヂストン社はトラック・バスタイヤのコモディティ化により、新品タイヤ単品売りでの利益確保や、ブランド価値の維持が難しくなってきたことをきっかけに、成長戦略としてリトレッド事業を強化することを決め、「エコバリューパック」といったサービス商品を開発しました。同社は「タイヤがなぜ買ってもらえないのか?」に対する考察を経て、再生させ販売するモノ中心ビジネスから、新品購入から、ケア、リトレッドまでのサービスをパッケージで提供するサービス中心ビジネスへとパラダイムを変えたのです。

内部資源の最適化と新ビジネスモデルの構築

 近年、多角化が企業の新しい成長戦略として注目され、多くの製造業も次から次へと新しい収益を求め、事業の領域を広げる取り組みが進展しています。しかし、多角化だけに目を取られ、自社の得意な事業領域(コア事業)に投下すべきリソースを多角化事業へと分散させてしまい、コア事業に投資が必要な時に対応できなくなってしまうようなミスを犯す企業も少なくないようです。同社も自転車やゴルフといった多角化事業を推進していますが、タイヤ事業を自社のコア事業として明確に位置づけ、経営資源を集中的に投下する、いわゆる選択と集中の戦略を取ったのです。同社は中長期戦略としてタイヤ事業の収益性改善を目標に施策を策定しました。その一環として、リトレッド事業を全社を挙げて推進することを決め、別会社で行われていたリトレッド関連事業を本体へと統合し一体化する事業体制の改変を行いました。また、タイヤ再生・販売といった既存のリトレッド事業に新しい生産技術を加え、「エコバリューパック」といった新しいサービスに融合させました。これにより同社は、他社から模倣され難いビジネスモデルを構築することができました。

外部資源の活用

 リトレッド事業を成功させるには、乗り越えなければならない壁がいくつかありました。それは経済性の問題と安全性と耐久性の証明でした。同社はリトレッド事業を以前から行っていて、製造方式としては溝のないゴムを台となる部分に貼り付け、金型を使って溝を作る「リ・モールド方式」を使っていました。この方式は製造設備の規模が大きく、生産可能なタイヤのバリエーションも限られるデメリットがありました。そこで同社は、リトレッド事業に本腰を入れるための準備として、アメリカのバンダグ社を買収しました。限られている内部資源の中でコア技術を確保するために、外部資源を活用することにしたのです。バンダグ社はリトレッド世界最大手の企業で、溝が刻まれたゴムを台となる部分に貼り付ける「プレキュア方式」と呼ばれる独自の生産技術を保有していました。それゆえ、バンダグ社の生産方式は金型が必要なく、様々なバリエーションのタイヤの生産にも対応可能なメリットがありました。同社はこのバンダグ社を買収することで「プレキュア方式」といったコア技術と、高い経済性を確保することができたのです。さらに、同社はバンダグ社の販売・サービスのネットワークを活用することで、短期間でのサービス環境の構築も可能にしました。

イメージの改善

 車は人の命に関わる製品であることから、高い安全性が求められます。タイヤは車が安全に「走る、曲がる、止まる」ことを実現する手段として位置づけられます。前述のように、同社はリトレッド事業を以前から行っていましたが、中古品だから安い、安いモノは安全性に問題があるかもしれないといった悪いイメージがあったことや、新品販売に注力していたため、あまり広がりませんでした。同社はリトレッド事業の本格的な展開に合わせて、リトレッドというサービスに対する顧客の信頼を高めるために、複数の要素を組み合わせた訴求を行いました。自社製品の強み(*リトレッドの台となる部分の耐久性の高さ)をアピールするとともに、海外では普及率が高いことや高品質なリトレッドタイヤの生産技術を確保していること、また、自社台方式やメンテナンスサービスによる安全・安心感の向上を訴求することでリトレッドタイヤに対する懸念を低減させたのです。

社内教育の徹底

・顧客のタイヤ使用状況調査→最適プラン提供→ケア実施→効果測定・結果報告

 上記はブリヂストン社が提供しているエコバリューパックサービスの営業プロセスです。ご存知の通り、プロセスは顧客に価値を提供する活動の連鎖です。この各プロセスの価値を最大限上げることが企業の目標と言っても過言ではないでしょう。そして言うまでもなく、そこに関わる従業員の能力が発揮されれば価値が高まります。サービスの場合、サービスの生産過程には顧客が関与するので、その満足度は顧客によって変ります。以前はモノを売って終わる一回性の関係でしたが、今は顧客が抱えている問題を如何に早く、正確に分析して解決策を提案できるかが顧客の満足を向上させることと直結します。これができるためには、問題分析力、提案力といった様々な知識や能力が求められます。このように、各プロセスをどれだけ効率よく遂行し、顧客にどれだけ高い満足を提供できるかがサービスの価値を高めることであるので、各プロセスで求められる知識と能力を備えるためには、教育が必要になります。ブリヂストン社は、タイヤの生産から販売までの各プロセスにおいて必要な従業員の知識と能力を上げるために、社内教育に多大な労力をかけたといわれています。

以上のブリヂストン社の事例からは、以下のようなサービス化のコツが分かります。

①選択と集中戦略による内部資源の最適化&コア事業とサービスの融合
②適切な外部資源の活用
③イメージ改善を通じたブランドの構築
④プロセス変化に伴う社員教育の徹底

 しかし、このようなコツはどうやって掴むことができたのでしょうか?それは、経営者そして現場の従業員がモノ中心的思考から脱却できたからだと、私は考えます。今までの製造業の現場はモノ中心的思考に慣れていました。その中で、よいサービス化のソリューションが生まれることを期待するのは難しいでしょう。なぜなら、サービス商品は顧客が求める適切なサービスの水準と釣りあったモノ製品の特性とのバランスを最適化しないといけないからです。モノ製品の特性と適切なサービスの水準がマッチしたときに、顧客はそのサービス商品に興味を持ってくれるのです。サービス化が進まない企業の話を聞くと、モノからサービスへと思考の軸が転換できていないまま、サービス化の検討をしてしまうように感じます。その理由は何でしょう?それは、企業の環境が、サービス化を検討できる状態でないからです。私はブリヂストン社の事例が、サービス化を成功させるにあたり重要なポイントを示唆していると思います。それは、モノ中心的思考から脱却できる環境を整えることがサービス化検討の第一歩であることだと捉えました。モノ中心的思考から脱却できる環境を作ってからこと、具体的なサービス化の検討ができるのです。皆さんの会社はどうでしょうか?このようなモノ中心的思考から脱却できる環境、できていますか?

注*
*1. 台タイヤは、リトレッドゴム以外の部分を称して、クラウン部、タイヤ側面を構成するサイドウォール部、リムホイルに当接するビード部を有する。

参考文献
1. ブリヂストンHP
2. ブリヂストンのリトレッド事業に学ぶ「モノからコトへ」の発想転換 増田貴司

執筆:朴 範玉
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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