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要素技術が日の目を見るために

 私は以前、大手総合電機メーカーの研究所で技術開発及びマネジメント業務に携わってきました。企業の研究所で働くメンバーのモチベーションは、開発した要素技術が量産開発部門に採用され、新製品・新サービスとして世の中に出ていくことにあると思います。しかし、多くの要素技術が日の目を見ることなく、研究所の倉庫やサーバーに置かれている現状があるように思います。本コラムでは、デジタルプロダクツなど複数の分野で技術者として要素技術を世の中に出すことができた成功体験と、コンサルタントとして客観的に見た視点から、技術開発の進め方として意識した方が良いと感じた2つの心がけをご紹介します。

■ 要素技術単体の最適思考からの脱却

 研究所の仕事の多くは、製品・サービスの単位ではなく、構成する要素技術単位での技術開発であり、各要素技術に対し技術力競争の視点から業界No.1の目標値を設定することになると思います。そのため、要素技術を組み合わせて一つの製品・サービスとして捉えた際に、顧客要求を満たせず、日の目を見ない経験がありました。
 例として、最近世間での認知度も高まってきたスマホでの音声検索、音声認識を取り上げます。音声認識とは、人が話した言葉を文字列に変換する機能を指すことが多く、その際システムに求められる要求とは、変換した文字列の正確さになります。変換の候補とする単語のバリエーションを増やしたり、様々な声質に対応するために多くの人の声を収録したり、正解精度を高める手段は様々ですが、ここで音を録音する手段に着目したとします。正解精度を高めるためには、雑音を抑圧し音声をクリアに録音する、雑音(Noise)に対する音声(Signal)の比(S/N比)を高めて録音できる技術は有効な手段の一つとなります。そのためS/N比をどれだけ高めたかという視点で技術力を競うことも多く、開発の際は目標値をS/N比で設定することがあります。しかし、S/N比だけ追及して開発を進めていくと、S/N比としての目標値は達成しても、認識に必要な声の一部まで抑圧してしまうなど、文字列の正確さというシステムに求められていた要求を達成できない状況を生み出しかねません。したがって、技術者が要素技術単位で開発を行うとしても、顧客視点での意識を高め、製品・サービスとして組み上げた際に何が求められているのかということに思いをはせて、日々立ち返りながら開発を進めなければならないと私は考えています。下記図1は要素技術単位の開発に至る思考例として、要求・機能(システムへの要求)・実現手段(音声認識システム)の繋がりを見える化していますが、暗黙知になりがちなシステム設計であれば、見える化することで、顧客要求だと思っていたことが実は実現手段になっていたなど、目からうろこの気づきもあると思います。

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図1 技術者が要素技術単位の開発に至る思考例

■ 最適化された要素技術が活用できる顧客要求の探索

 上記の「要素技術単体の最適思考からの脱却」を心がけながらの開発は理想的な姿ですが、要素技術単体目線だからこそ良いものが作れることもあると思います。しかし、商品企画が想定した全ての顧客要求に対して、要素技術の寄与度が低くNGと判断される場面を目の当たりにし、もったいないと感じることも多くありました。また、コンサルタントとして客観的に見ますと、商品企画は顧客要求からシステムへの要求までの思考が強く、技術者はシステムへの要求から実現手段(要素技術)までの思考が強いため、顧客要求から実現手段まで全体を把握する人が不足しているように思います。そのため、技術者自身があらゆる顧客要求を模索して要素技術が活きる道を探すことも重要だと考えています。
 例として、スマホへのログイン方法としても実用化されている顔認証技術を取り上げます。顔認証は、画像から顔を見つける検出ステップと、見つけた顔を本人か否か判定する照合ステップから構成されています。そして、ロック解除できる、セキュリティで守られる、すばやくログインできるという顧客要求から、本人を正確に認識し、他人を確実に拒否できる、かつその判断がすばやく行えることがシステムへの要求として商品企画から求められます。ここで、顔を見つけるまでの処理時間を短縮できる要素技術を開発できたとします。仮に処理時間の短縮が画期的だったとしても、商品企画から挙がっている他の要求に応えらず、また、システム全体の処理時間短縮として貢献が小さければ、開発した要素技術は採用されず、日の目を見ずに埋もれてしまいます。
 商品企画からの視点も大切だと思いますが、技術の良さや活かしどころを一番理解しているのは技術者であり、技術者の視点で新しい提供価値をアピールすることも重要だと私は考えています。先ほどの例で言えば、スマホへのログインとはまったく異なる用途、例えば写真を撮るときを想定し、顔にピントが合わせづらい状況を解決したいといった顧客要求を想定してみてはどうでしょうか。顔を見つけるという目的は共通であり、処理時間の短さは写真を撮るときに求められる基本的な要求であるため、要素技術の価値を活かせる可能性が十分あります。別の企画なら技術の価値が活かせるのではないかという問い掛けは、技術の細部まで目が行き届く技術者にしかできないことであり、もっと取り組むべきことだと考えています。また、技術者は頭の中で考えたことを言葉に出せば、伝わったと思い込んでしまいがちですが、それだけでは、正しく伝わってないこともあります。下記図2に示したようにロジックツリーとして整理すると、要素技術の良さを評価する立場から見ても分かりやすくなります。

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図2 技術者視点での新しい価値提供のための思考例

 以上、私が技術者として、また、コンサルタントとして感じた、技術者が技術開発を進める上で意識した方が良い心がけについて、私自身も十分対応できなかった部分を含め述べさせて頂きましたが、皆様も共感できる部分があれば、技術単体の最適思考から脱却できているか、技術が活用できる顧客要求を十分探索できているか、という視点で日々の開発を振り返ってみてはいかがでしょうか。今は一ユーザーとして、日本から驚くような新商品・新サービスが登場することを期待しています。

執筆:広畑 誠
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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