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コミュニケーションのひと工夫

 みなさんは仕事や日常生活などにおいてコミュニケーションが重要であることはご存知だと思います。そして、うまくコミュニケーションを取ることの難しさもご存知だと思います。かくいう私もプロジェクトメンバーへの仕事の伝え方が悪く必要な情報が不足したり、子供とのちょっとした会話の行き違いで学校に提出すべき書類を忘れそうになったりすることがあります。今回のコラムでは当社が支援をしている開発現場において、よくあるコミュニケーションの問題を例にコミュニケーションのコツについてお話します。

 設計開発の現場ではひとりで一つの製品を開発することはあまりなく、複数のメンバーで役割を分担しながらチームとして開発を進めます。また、設計するだけでは製品を作ることはできないので、製造担当者や購買担当者と協力することが必要になります。特に自動車に代表されるメカ・エレキ・ソフトが複雑に入り組んだ製品などは部門をまたいだ数百人の担当者やサプライヤーと協力する必要があり、コミュニケーションはとても重要になります。

 先日、そのような開発現場において、設計者の方同士で以下のような会話がありました。
Aさん「お願いしていた評価結果はどうだった?」
Bさん「あー、あれどうしたかなぁ。確認しておきます。」
Aさん「じゃー、この後の会議までによろしく。」

 この会話を聞いた私は「きっとBさんはAさんの意図をわかっていないだろうなぁ」と思いましたが、その後の会議でBさんはAさんの要求通りの評価結果を提示していました。

 また、他の設計者の方同士では以下のような会話をされていました。
部下Cさん「来月以降の評価計画について相談したいのですけど・・・」
上司Dさん「いいよ、君の考えを教えてくれる?」
(いくつかのやり取りがあった後)
上司Dさん「今の話ってどのプロジェクトの評価計画のこと?」
部下Cさん「どれというわけではなく、自分が担当しているプロジェクト全般のことですが・・・」
上司Dさん「ああ、そういうこと。ごめん、もう一回君の考えを教えてもらえる?」
部下Cさん「じゃあ、最初から説明しますね。ひとつめのプロジェクトの・・・」

 私はこの会話の様子を見ていて、さすがに上司と部下の関係なので会話がスムーズだなと感じていましたが、実際には部下Cさんと上司Dさんは異なったプロジェクトの評価計画を想定しており、会話はほとんど噛み合っていなかったのです。

 部下Cさんと上司Dさんの例のように、きちんとコミュニケーションの目的を提示しているにもかかわらず、会話のピントのずれた会話になることは実際によく発生します。これは、これから話そうとしている内容がどんな範囲について話すのかという会話の全体像を聞き手と共有せずに細かい部分から話を始めてしまうことが原因だと考えています。当社が行っているコミュニケーションに関わるトレーニングに、話し手が指定された複数の図形や配置を聞き手に伝え、その内容を聞き手が紙に書き表すというものがあります。このトレーニングでは話し手が伝えるべき内容の全体像を聞き手と共有してから話を始める場合とそうでない場合で書き表した図形の正しさに大きな差が表れます。全体像を共有した場合には、どれだけの数の図形を書くのか?どのような種類の図形があるのか?などおおまかな情報が聞き手にインプットされます。それゆえ、聞き手が図形の寸法や配置などの詳細情報を聞きやすい状態になり、複雑な図形でも正確に書き表すことができる可能性が高まります。一方、全体像を共有しない場合には、"いくつの図形を書くかもわからないため、話し手の説明に集中できなかった"という聞き手のコメントが多く、簡単な図形でも書き表すことができませんでした。

 部下Cさんと上司Dさんはここ数年同じ仕事に携わり共有している情報も多いため、会話を始める際にこれから話す内容の範囲を明確にする必要がありました。もし、部下Cさんが「現在、自分が抱えている4つのプロジェクトすべての評価計画について相談したい」と会話を切り出していたら、上司Dさんの聞き方も変わっていたでしょうし、話を聞き直す時間も不要だったはずです。

 また、一見会話が食い違っているのではないかと疑ってしまうようなAさんとBさんの会話では、ちょっとした偶然が全体像の共有を助けていることがわかりました。実はAさんとBさんは一緒に業務を行うことが初めての関係であり、会話の時点ではひとつの試作機の評価しか依頼されていなかったのです。すなわちAさんとBさんが共有できる会話の全体像はただ一つであったため、多少雑な会話でも問題なく意図を伝えることができたのです。結果として今回は会議の場に正しい評価結果を提示することができましたが、これは限られた関係性がもたらした偶然です。コミュニケーションをスムーズに行うためにはこのような関係性に期待せず、会話の全体像共有を意識することが重要なのです。

 本コラムでは1対1での会話例を取り上げましたが、大人数が関わる製品開発においてコミュニケーションの全体像共有がより必要になることはご理解いただけると思います。業務におけるコミュニケーションで聞き手の理解がうまく進まないなと感じていらっしゃる方は是非全体像の共有を心が開けてみてください。ほんの少しのことでコミュニケーションがスムーズになり、より効率的に業務が進むはずです。

榎本 将則
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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