多事想論articles

「ボトムアップ式生産性向上」

 1970年代から24時間営業が当たり前のコンビニ業界で、人手不足を背景に24時間営業の見直しが検討されています。日本の生産年齢人口は1997年を境に減少の一途をたどり、人手不足に伴う問題は今後もあらゆる方面で顕在化を続けるでしょう。対策としての女性・高齢者・外国人労働者の社会進出促進を例にした働き手を増やす検討を進める一方で、働き手の労働生産性をあげる議論も忘れてはなりません。OECDによると、日本の労働者の時間当たりの労働生産性は、1970年代からG7で最下位の状況が続いています。筆者が過去駐在していたドイツの労働生産性は、日本のそれの1.5倍にも上ります。2065年には人口が8千万台にまで減少し現在のドイツの人口に近づくと言われる日本が、生産性を上げるためにドイツの働き方を参考にすることは無駄ではないと考えます。

 労働生産性=成果(アウトプット)/労働投入量(インプット)であり、インプットを小さくすること、もしくはアウトプットを大きくすることによって高めることができます。しかし有り勝ちなのは、アウトプットを大きくするために、インプットを大きくする行為です。日本では、アウトプットの大きさのみで評価されがちなことに加えて、残業すればするだけ残業代が得られるという逆インセンティブが働くため、プロセスを改善してインプットを小さくしようとするマインドが醸成されないのです。プロセスが改善されないままであれば、ノー残デーや強制消灯といったトップダウン式の取り組みを行っても、効果は限定的でしょう。

 資源に限りのあるこの世界において、アウトプットだけでなくインプットを考慮した生産性が評価されるべきことに異論はないはずです。ドイツではやたらと残業する人は能力が低いとの評価が下されます。日本においても、各個人がマインドを変えボトムアップで生産性を上げていくことで、アウトプットの大きさではなく生産性の高さが評価される仕組みが出来てくると思います。

 ドイツでの駐在経験を通して、筆者が考える生産性を上げる個人での取り組みは、インプットがアウトプットに見合っているかを検討することです。そのためには、インプットである労働投入量を計測する習慣つけが効果的です。トヨタ生産方式は、インプットからアウトプットに変換される生産工程でムダを徹底的に排除することによって生産性を上げ、リーン生産方式と呼ばれるようになりました。生産現場では、細分化されたそれぞれの生産工程にかかる時間を計測し、プロセスの改善を検討するということが当たり前に行われています。同じことを各個人が自身の労働に対して行うのです。

 例えば、会議に投入した5時間(5人×1時間)が会議の結論に見合っているか、メールを書くのに投入した10分が得られた情報に見合っているかを考えるのです。ドイツでは、会議は必要最小人数で開催され、とりあえず出席する、ということはありません。結論を出すために重要な人がいないのに、とりあえず開催する、ということもありません。また、ドイツではメールのやり取りはあまり好まれません。質問が質問を呼ぶメールより、電話なり直接会うなり会話する方が圧倒的に生産性が高いからです。会議やメールの他にも、資料や議事録の作成から通勤に至るまで労働を分解し、労働投入量が成果に見合っているかを考え改善を検討することで、生産性は上がるのです。

 ドイツでは24時間営業の小売店はお目にかかれません。日本では、コンビニの24時間営業のインプットはアウトプットに見合っているのでしょうか。アウトプットは売上だけでなく社会インフラという議論もあるでしょうし、見合っている店舗もあれば見合っていない店舗もあるというのが本当のところなのかもしれません。これまでは当たり前だったことでも、改めてインプットがアウトプットに見合っているかを各個人が考え直すことで、実は過剰であった個人のインプットが減り、全体のインプット総量が減ることに繋がります。延いては、組織や社会全体の価値観が変わりプロセスが改められ、ボトムアップ式で全体の生産性を上げることができるでしょう。日本が直面する人手不足は働き手を多少増やすだけでカバーできる問題でないとすれば、「ボトムアップ式生産性向上」こそ必要な対策かもしれません。

執筆:五十嵐 亘
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

資料ダウンロードはこちら