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原価低減に苦しんでいませんか?

○原価目標を達成できない原因
 新製品を開発する際、製品企画段階で目標原価を設定し、「どうやってこの原価目標を達成するか」に頭を悩ませる企業は多いと思います。そして多くの企業が、乾いた雑巾を絞るかのごとく、原価を下げられそうな部品を血眼になって探したり、サプライヤーと値下げ交渉したり、作業改善を検討したりしています。これらのような原価低減策ももちろん重要ですが、もしかすると原価低減の前段階に問題があるかもしれません。通常、目標原価設定ステップを経て、原価目標達成に向けて原価低減に取り組みますが、目標原価設定ステップに問題を抱えている可能性があるのです。

 筆者は開発技術者・会計士双方の立場から、製造業の新製品開発段階における原価管理プロセス構築に携わってきましたが、原価低減ステップに問題を抱える企業は確かに多い一方で、目標原価設定ステップに問題を抱える企業も多いと感じています。そして、原価低減ステップに問題を抱える企業は、問題として自ら認識し、原価低減のための課題解決行動を取っていますが、目標原価設定ステップに問題を抱える企業は、問題として認識しておらず、なぜ原価目標を達成できないのか理解できないまま、対症療法として原価低減策を取り入れるケースが多いようです。
 そこで、よく見受けられる目標原価設定における問題と、解決方針を3つご紹介します。

○問題1.財務会計に基づく原価を目標原価に設定してしまう
 原価を大きく二分すると、財務会計に基づく原価と、管理会計に基づく原価があります。財務会計に基づく原価は、外部の利害関係者への情報提供を目的として、会社法や金融商品取引法といった法律で定められた基準や方法で算出する原価です。一方、管理会計に基づく原価は、内部管理目的として、法的な制約を受けずに独自の基準や方法で算出する原価です。もし財務会計に基づく原価を目標原価に設定してしまうと、開発プロジェクトメンバーが管理できない要因の影響を受けやすくなってしまいます。
 例えば、新製品Aの開発プロジェクトの原価管理を進める際、新製品Aの開発のために製作した金型や冶具の費用は新製品Aの原価として按分されるべきです。しかし、財務会計に基づいて計算すると、別製品Bの開発のために製作した金型や冶具の費用が多額であれば、関係のない新製品Aの原価上昇要因となってしまいます。また、現行製品Cの生産台数が急に落ち込んでしまった場合、賃率が上がって、関係のない新製品Aの原価上昇要因となってしまいます。
 このように、進めている新製品開発プロジェクト以外の影響を受けないようにするためには、管理会計に基づく原価を目標原価として設定することが望ましいと言えます。

○問題2.機能別・部品別に割り付けられる目標原価に根拠がないため、技術者が納得感を持てない
 原価企画の生みの親であるトヨタ自動車の設計者353人に取ったアンケートによれば、目標原価設定の際、「一律何%低減」という根拠のない目標設定は受け入れ難いということと、商品力に見合った目標設定をしてほしいという意見が目立っていたそうです。すなわち、設計者にとって目標原価は自然に意欲が湧く対象ではなく、適切に設定されてはじめて動機づけられるとされています(※1)。
 一般的に、製品目標原価が設定された後は、機能別や部品別に目標原価が割り付けられますが、どのように機能別・部品別に目標原価を割り付ければ、目標達成に向けて、技術者が納得して取り組めるのでしょうか。
 このような課題解決のための目標原価細分割付手法の1つとして、要求の重要度を考慮して目標原価を割り付ける方法があります。例えば、システムズエンジニアリングの考え方を利用して要求を定義した後、一定の基準で要求重要度を定量化し、機能・部品への依存度から、機能・部品重要度を定義します。この重要度の比率に応じて目標原価を割り付けることで、要求に基づいた目標原価を設定できます(図1)。すなわち、重要度が高い要求を実現するための機能・部品は原価より性能や品質重視のため、緩い原価目標が設定され、重要度が低い要求を実現するための機能・部品は原価重視のため、厳しい原価目標が設定されます。

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図1.機能別・部品別目標原価割付のイメージ

 しかし、要求のみに基づいて目標原価を設定すると、しばしば世の中の技術レベルでは到底達成できない目標になり、技術者の諦めムードを招いてしまったり、反対に原価低減しやすい部品の原価目標が緩くなり、技術者が原価低減努力を怠ってしまうことにつながるため、原価低減余地についても考慮することが有効です。例えば、複雑な部品や工程数が多い部品、歩留まりが悪い部品は原価低減余地が高いため、より厳しい原価低減目標が課せられるべきです。
 このように、要求の重要度、原価低減余地の両面を考慮して目標原価を割り付け、その根拠を理解できるように見える化することで、目標達成に向けて技術者が納得感を持って取り組むことにつながります。

○問題3.部門別に割り付けられる目標原価が、自己申告する見積原価に左右されるため不公平
 積極的な原価改善活動を押し進めるある企業では、製造現場の各部門に毎年一律数%の厳しい原価低減目標が課せられ、製造現場の方々は疲弊しきっていました。そのため、新製品開発プロジェクトが始まると、ある部門(例えば溶接部門)は見積原価を高めに進言し、量産開始後の原価低減余地を残そうと考えるようになりました。
 この企業では、新製品開発時に各部門が見積原価を進言し、これらを合算して製品見積原価を算出していました。そして、製品見積原価と製品目標原価との差額を、各部門が進言した見積原価から一律割合で低減するように、部門別目標原価を設定していました。
 そうすると困るのは他部門(例えば組立部門や調達部門)の方々です。ある部門が原価低減余地を残して見積原価を進言することで、見積原価を正直に進言した部門には達成困難な目標原価が設定されます。その結果、見積原価を正直に進言した部門は部門別原価目標を達成しづらく、製品としての原価目標は未達という結果に終わってしまうことが多くなります(図2)。

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図2.部門別目標原価割付のイメージ

 このような問題を防ぐには、コストテーブルを整備し、原価変動要因の関係(原価算出式)を明確にすることが有効です。「コストテーブルとは、原価を迅速かつ正確に評価できるように、使用目的を予定し、さまざまな特性や要素(例えば、加工方法や加工精度、あるいは材料の使用量や部品の生産量)に対応して発生する原価を見積もり、それを図表にまとめたもの」とされています(※2)。これを整備することにより、人の思惑に依存しない原価見積り、見積原価の妥当性の客観的評価が可能になります。また、部門毎に適切な目標原価を設定するためには、前述した原価低減余地についても加味することが重要です。
 このような工夫をすることで、部門別目標原価の公平性が保たれ、各部門にとって公平かつ適切な目標を設定することが可能になります。

 以上のとおり、原価目標達成のためには原価低減も重要ですが、原価低減前の目標原価設定ステップに問題がないか見直してみてはいかがでしょうか。弊社でも原価管理プロセス構築支援を承っておりますので、システムズエンジニアリングを用いた要求・機能分析、コストテーブル作成等にご興味ございましたら、お気軽にお問い合わせください。

※参考文献
1. 原価企画とトヨタのエンジニアたち(メルコ学術振興財団研究叢書10) 小林英幸著 中央経済社
2. 管理会計[7] 櫻井通晴著 同文舘出版

執筆:江口 正芳
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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