多事想論articles

無気力伝染病

 「上に言っても何も反応がない。提案しても聞き入れてもらえない、もう何を言っても無駄だ」という意見を顧客より受けることがあります。あなたの組織では、そんな無気力にも近い状態に陥ってしまった人はいませんか?

 「まさか自分の会社にはそんな人材はいません」と思っている方が多いかもしれません。しかし、実態は少し異なるようです。米国ギャラップ社は、2017年に全世界1300万人のビジネスパーソンを対象に、企業に対する社員のエンゲージメントを調査しています。エンゲージメントとは、文字通りの意味は、「約束」や「婚約」ですが、経営用語としては、企業に対する社員の「愛着心」「信頼関係」「熱意」を表現する言葉として使われています。その調査結果ですが、日本では『不満をまき散らしている熱意のない無気力な社員』(Actively Disengaged)の割合が23%に達し、海外と比べても多いことが明らかになったのです。この数字を額面通りに受け止めてよいのか、「熱意のない無気力な」という訳が果たして適切なのか、という問題はありますが、一考の余地はあります。

 そもそも、なぜ無気力感が生まれてしまうのでしょうか?心理学では知られている『カマスの実験』をお話しましょう。人を襲うこともあるという気性の荒い魚カマスを水槽に入れ、その中に餌となる小魚を放り込むと、カマスは餌に襲いかかります。次にその水槽に透明の間仕切りを設け、一方にカマス、一方に小魚を入れます。するとカマスは、間仕切りに何度も体当たりしてエサを食べようとするのですが、食べられず、しまいには諦めて、間仕切りをはずしても小魚を襲わなくなる、というのです。再三にわたって働きかけても事態を何も変えられない、と気付いたときに、その働きかけを諦めてしまうことを心理学では「学習性無力感」といいますが、カマスは諦めることを学習してしまったのです。

 実は人間社会でも同じことが起きているのです。カマスの実験では、ガラス板が行く手を阻む「見えない壁」だったのですが、知らないうちに組織内に「見えない壁」を作りあげてしまっているのです。この「見えない壁」は部署間にできてしまうことが多いのですが、それだけではありません。上下の関係にも「見えない壁」ができてしまうことがあるのです。

 もっと深刻なことは、無気力は伝染することなのです。人から伝染するのはあくびだけではありません。ネガティブな感情も伝染するのです。個人で学習した体験が、それを体験したことがない人間にまで疑似体験として伝染してしまうのです。無気力感のある社員が一人でもいたら、ひょっとすると組織内に無気力感が蔓延しているかもしれません。

 この「無気力伝染病」を食い止め、組織に活力を取り戻させるには、先のカマスの実験でも明らかになっていることなのですが、単に見えない壁を取り除くだけでは不十分です。何が必要なのでしょうか?それは威勢のいいカマスを1匹加えてあげることなのです。威勢のいいカマスが登場することで、ポジティブな感情が伝わります。自部門の誰かが「威勢のいいカマス」に変身できればいいでしょうが、それが難しいでしょうから、他部署からの人材起用、新人や社外から人材起用といった「外部からの刺激」が有効になるでしょう。

 これで十分と思いたいところですが、実はまだ足りません。無気力な人を生み出した要因を取り除かなければ、せっかく外部から刺激を与えても効果を維持できない恐れがあります。これは簡単なことではありません。本音で語ることすらも困難な状態に陥っている訳ですから。世間では俗に「ガス抜き」と言われていますが、そうして吐き出されてきた貴重な意見に対して、アクションをしっかり起こすことがとても重要となります。

 上に立つ者は、意見を挙げてくれたことについて褒める、挙がってきた意見を尊重する、反応する、権限を与えてサポートに徹するような環境づくりを日々進めることが大切になってきます。そうすることで、組織内の「見えない壁」を破壊し「学習性無力感」を持った人が一掃され、組織が活性化することでしょう。あなたの組織では、部署間に加え、上下の間でもコミュニケーションがしっかり取れた、無気力とは縁がない環境を構築できていますか?

執筆:桑野 茂
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

資料ダウンロードはこちら