多事想論articles

仕事を楽しむ

 先日、小学生向け進学塾の電車の吊広告で「雪を作ってみましょう」という宣伝文句を見かけました。一風変わったテーマで受講生を集めるのが目的なのでしょうが、子供の理科離れを食い止めるためとしてとらえると、とても前向きな取組みだという印象を持ちました。カブトムシが死んでしまったら「電池を入れ替えて」と言った子供がいたという笑えない話に代表されるように、今の首都圏に住んでいる子供は自然に触れることが少ないため、雪は人工的に作られるものだと思ってしまうのではないかと考えるのは要らぬ心配でしょうか。ところで、人工的な雪といえば今では多くのスキー場に人口降雪機が導入され、比較的身近なものになっています。ルーツをたどると、「雪は天から送られた手紙である」という言葉を残した日本の物理学者である中谷宇吉郎氏が1936年に初めて作るのに成功しているのです。そして成功した後、随筆集「雪雑記」の中でこう述べています。

 「よく人にそれはどういう目的の研究なのですかと聞かれるので、こうして雪の成因が判ると冬季の上層の気象状態が分る様になって、航空気象上重要なことになるのですよと返事をする。そうすると大抵の人はなるほどと感心してくれる。しかし実のところは、色々な種類の結晶を勝手に作って見ることが一番の楽しみなのである。」

 私はこの文章を、世の中のためになるというイメージを持ちながら自分が楽しめる事を仕事としてやると一番力を発揮出来て、一番成果に結びつき易いと解釈しています。そして、楽しめた裏には、きっと楽しめる環境もあったからこそと考えます。

 このところ不況の国内の製造業においては、仕事が本来楽しいものであるということに蓋をして、目先の利益に結びつかないものは全く許されないという雰囲気が広がってしまっていると感じます。更には、仕事は本来楽しいものであるということを忘れかけてしまっている気配さえ感じられます。中谷宇吉郎氏が存命であれば、今の日本はかなり窮屈に見えるに違いありません。実際、「仕事は楽しいものだなどと暢気な事をいっている場合ではない。生きるか死ぬかのぎりぎりのせめぎ合いだ」という声を聞いたり、中小の工場が廃業したという話などを伺ったりするのも確かであり、日本全体が厳しい状況であることに疑う余地はありません。今は耐え忍ぶ時期でしょうが、自分の仕事には楽しみを持たねばならないこともやはり忘れてはいけない真理であると考えます。

 では、どうすれば一人一人が仕事に楽しみが持てるように出来るのでしょうか。今の日本においては、国の関与無しでは難しいと考えます。国が将来のための明確なポリシーを打ち出し、民間との連携を深めていくべきです。例えば、アイルランドが官民挙げてITと環境技術に特化した施策を展開したり、中国が年産5,000万トンの鉄鋼メーカを複数育てるという政策を出したりと他国の本気度が目立つ中、日本においても舵取りをしっかりとやらねばなりません。私は、天然資源が少なく領土の狭い日本では、やはり技術を中心とした分野を柱にしていくべきであると考えます。しかし、新しい技術だけでは勝ち抜くことが難しくなっているのも事実で、叡智の結集も必要です。叡智の結集を行なう主役は、企業です。企業内はもちろんのこと、大企業といえども企業間にまたがり結集できる環境を作っていくことが求められます。そして最後に、最も重要な要素が、企業の中で実際に知恵を出し価値を作っていく、あなたを含めた"人"です。近頃、やらされ感という言葉をよく耳にしますが、やらされるのではなく、自ら仕事に情熱を燃やし仕事を楽しむ、という気持ちをどんな状況におかれても忘れて欲しくありません。そのひとつひとつが日本の将来を作る源泉なのですから。

執筆:北山 厚
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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