多事想論articles

表現のマネジメント

 今年の4月、塩の表示をルール化した「食用塩公正競争規約」が施行されました。それにより「天然塩」、「最適」、「ミネラル豊富」など、誤解を生じやすい表現をパッケージに使うことが出来なくなりました。中身や成分がほとんど違わないにもかかわらず、誇大(実際以上に大げさに言ったり考えたりすること)な宣伝文句により高額に値付けされた商品に対して、消費者相談窓口に相当数の苦情が入ったことも表示制限の引き金になったようです。体に良さそうな表現には、人は敏感に反応してしまうわけで、塩の主成分の塩化ナトリウムがミネラルなのだからミネラルが多いのは当然であることなど、表示を見た時にはすっかり忘れ去り思わず購入してしまったのでしょう。塩の表示に悪意は無かったと想像しますが、私たちは悪意があろうとも無かろうとも、発する側も受ける側も、誇大表現とうまく付き合わねばなりません。受ける側として表現が誇大かを見抜く力を高めておくことも非常に重要ではありますが、今回は発する側の表現に焦点を絞って話をしたいと思います。

 海外メディアからも日本人は曖昧だと評されることが多いように、誇大表現は日本の日常においてはあまり広がっておらず、むしろ曖昧な表現を是としてきたといえます。仕事の調子は?と聞かれて、「まずまずです」とか「ぼちぼちです」という返答は昔から一般的ですし、このような発言をした経験はあなたも一度や二度あるのではないでしょうか。しかし、まずまずと答えると話はそこで終ってしまいがちです。面倒くさいから話を切りたい、特に突っ込んで欲しくないような場合にはそれでよいのでしょうが、かかわりを持ちたい、そこからコミュニケーションを継続させたい場合にはNGワードといえるでしょう。

 では、どうすればよいかというと、仕事の調子は?の問いに対しては、「この前のプレゼンで失敗した」とか「プロジェクトがスタートした」と言うような、相手にとってわかりやすい表現を使うことです。さらには、「全く別な資料を見せてしまって大失敗」とか、感性に訴えかけるような表現を使うと、相手はさらに聞いてみたくなるでしょう。この状態はコミュニケーションが誘発された状態といえます。それが「生涯最大の失敗」となると場合によっては誇大表現かもしれません。この様な場合は、よくよく話しを聞いてみると大したこと無かったということで落胆されることもあるかもしれません。このように感性に訴えかける表現は、人に行動を起こさせる強力な武器になりますが、一歩間違えると誇大表現となり混乱を招きます。誇大表現に慣れていない日本人だからこそ、特に使い方を間違ってはいけません。

 発信された情報が氾濫している近年の社会においては、本当に心に響く秀逸な表現も誇大表現も玉石混交です。我々は悪意無く誇大にならないレベルで的確な表現を使わねばなりません。意識するだけでもずいぶん違うはずです。それによってチーム、周囲とのコミュニケーションレベルは向上し、信頼関係の構築へとつながります。是非、高いコミュニケーションレベルの実現のために表現にこだわり、表現をマネジメントする意識を持とうではありませんか。

 冒頭の塩の話に戻すと、公正取引委員会は、上記の誇大表現を使えなくしたわけです。これもまさに、ルールを作ることによる"表現のマネジメント"のひとつですね。

執筆:北山 厚
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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