多事想論articles

逆トラウマ

あるゴルフ場での会話:

Aさん:「俺は、バンカーショットで思い切り打てないんだよね。昔、ボールが飛び過ぎて、人に怪我させたことがあるんだよ。」
Bさん:「それは、トラウマになってるねえ。繰り返し練習して克服しないと。」

 ここで出てきた「トラウマ」という単語。ここでは比較的軽い意味合いで使われていますが、語源は、「傷」を意味するギリシャ語で、オーストリアの心理学者フロイトが「精神的外傷」を意味する用語として 「trauma(トラウマ)」を使ったことで、現在のような意味づけがされたそうです。

 「トラウマ」といえば、大きな失敗や、つらい体験が元になります。周囲から見るとそれほど大きそうでなくても、当人にとって深い傷になっている場合もあります。二度と思い出したくないものであるに違いなく、思い出してしまうと平常心を失ってしまうでしょう。そんな「トラウマ」ですから、できれば持ちたくないですし、あなたにも持って欲しくはありません。万が一持ってしまった場合には、冒頭Bさんの言葉の様に、様々なことを施して克服していかねばなりません。あまりに大きすぎると一人では乗り越えることが難しいものもあるでしょう。

 この様に、悪い体験からもたらされ、怖気づいてしまうという意味合いが強い「トラウマ」ですが、物事を冷静に行うことが出来なくなる要因になるという意味だと、成功体験も同じような負の効果をもたらしてしまうことがあります。一度何かに成功し、過信してしまったり、そのやり方が一番と思い込んでしまったりしている状態をイメージしてみてください。うまくいかなくても、うまくいくはずだと、成功体験に凝り固まってしまっている人、あなたの周りにもいませんか。ただ、本人は、以前の成功体験で良い思いをして傷ついているわけではなく、「トラウマ」として持っているわけでもありませんから、「逆トラウマ」とでも呼べばよいでしょうか。成功体験を真の強みに昇華できずに、嵌ってしまっている状態を指します。

 成功体験による「逆トラウマ」がはびこると、創造的な行動が停止します。特に、一度限りの成功ではなく、何度か同じパターンで成功してしまった場合に作られる「逆トラウマ」はどんどん固いものになるでしょう。ラッキーも実力のうちが通用している間はいいですが、次第に周囲の変化への感性が鈍り、新しいやり方や、不足を補う手法などを受け付けなくなってしまいます。そうなった時の末路は、第三者として見聞きすると容易に予想できるものですが、当事者となると今の地位を築いてくれた成功体験を否定することが出来ずに、チャンスをつぶしてしまったり、若い芽を摘んでしまったりすることが多々あります。成功体験は必要な事であることは間違いありませんが、強みの一つとして人を成長させもしますし、そこに甘んじて成長を止めもするものなのです。環境も変化が大きく速い今の世の中、成功体験を自らが次の成長を遂げるための一つの通過点として位置づけられることが、一人一人に強く求められるようになって来ているのではないでしょうか。

執筆:北山 厚
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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