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「六年後の開発者に必要な能力」

先日、将棋電王戦でコンピュータソフトにトッププロのA級棋士が敗れました。プロの棋士、さらにその中でも実力の高いA級棋士が為す術もなく敗れるという結果に、衝撃を受けた方も多いのではないでしょうか。この結果には、コンピュータの処理能力の向上もさることながら、何億通りと読んだ打ち手の中から最も有利な手を選択するロジックの構築が大きく寄与しているそうです。

このような、これまで人間が高度なロジックと専門的な知識・経験をもとに実現してきたことを、コンピュータで実行可能なツールに置き換えて半自動的に実現させるといったことは、製品開発の現場においても同様に行われ、効率化に寄与してきました。現状ではCAEなどに代表される個別最適解の導出が主ですが、それら個別を繋ぎあわせてシステムとして全体最適解を導出する手法の構築も盛んに推進されています。

ここでは、これらの手法についての詳しい説明は致しません。これらの手法が確立され、誰でも簡単に求めたい全体最適解が導き出せるようになったときに、開発者として成すべきことは何か、そのためにはどのような能力が必要かについて考えてみたいと思います。

製品を開発するときに最も重要なことは、「どうやってつくるか」ではなく、「何をつくるか」を決めることです。そのためには、「要求をとらえること」と「要求を生み出すこと」が必要になってきます。これはツールでは出来ないことであり、開発者のセンスが試されるところです。

私が過去に経験した製品開発の現場において、以下の様な事例がありました。

ある海外向けの新製品の開発がスタートし、各設計担当者が開発リーダーから与えられた目標性能を達成するために構想検討を始めた時のことです。外装の設計を担当していたAさんは、これらの定量化された目標の達成手段を検討する前に要求を正確にとらえるために、自ら仕向地である海外に行き、ユーザー層の人と触れ合うことを選択しました。

そこでAさんが出した結論は以下のようなものでした。
「海外B国のターゲットユーザー層において、この製品の価値は高性能と優れたデザインで自分が満足することだけではない。この高性能製品を所有することで自らの地位を周囲に認めてもらうことと、優れたデザインで周囲から羨望の眼差しを受けることに新たな価値がある」。

結果的に、定量化された目標性能は変えず、性能を確実に他者に伝えられるような機能を盛り込んだ製品は、ユーザーに価値を認められ、絶大な支持を集めることに成功しました。このような機能と価値を持つ製品の例としては、複雑で精密な内部機構をデザインとして表現した高級時計等が挙げられます。

もし仮にユーザーの要求を明確にしないまま開発を進めていたら、開発目標は達成できたとしても、ユーザーからこのような支持を集めることはなかったと思います。

そこで、何をつくるかを決めるための「要求をとらえること」と「要求を生み出すこと」に必要な能力として、私の考える三つの力をご紹介したいと思います。

・「共感する力」
共感とは、相手の状況に自分を置き換えて考えられる能力のことを指します。
「何をつくるか」を決めるためには、社会とユーザーのニーズを的確に捉える必要がありますが、このニーズは必ずしも言葉や目に見える形となって現れているものではないため、開発を行う人間が感じ取り、理解する必要があります。先ほど取り上げた海外新製品開発の事例においては、Aさんの共感する力で海外ユーザーのニーズを的確に捉えることができた良い例ではないでしょうか。

・「ストーリーをつくる力」
ストーリーをつくる力とは、製品によってでき上がる新たな生活や社会の姿まで創り上げる能力のことです。製品の機能や性能は、そのもの単体では特別な価値はありません。それらが組み合わさって使う人の生活が変わることで初めて価値を持つものとなります。最近話題になっているウェアラブルカメラを例に考えてみましょう。この製品の主な機能は、「静止画及び動画を記録する」と「身に付けることができる」の二つだけです。それぞれ単体の機能では、特別な価値を持つものではないことが容易に分かるかと思います。しかし、これらの機能が組み合わさることにより、「スポーツの際に自分視点の映像を全て記録し、SNSで共有して仲間全員で楽しむ」等といった新たな生活の楽しみが生み出されます。このストーリーをつくる力は、技術力の高さを強みとする日本のメーカーがこれまで苦手としてきたものですが、全ての開発者に必要な能力であり、今後さらに重要性は高まっていくと考えます。

・「デザインを生み出す力」
デザインは単なる装飾ではなく、そのものが持つ機能や性能を受け手に伝える手段の一つであるといえます。
その価値が定量的に表現できないために日本のメーカーではやや蔑ろにされてきたものではありますが、ありふれた従来の価値で満たされた現在の社会においては非常に重要な意味を持つものです。ダイソンの掃除機を例に考えてみると、「吸引力が変わらない」という機能だけではあれほどのヒットはありえなかったでしょう。その機能を実現する独自の機構をデザインとして表現した結果、その価値が受け入れられて爆発的なヒットをもたらしました。デザインを生み出す力は、機能とその達成手段を理解している開発者にこそ必要な能力であると言えるでしょう。

冒頭の話に戻りますが、約六年前、あるトッププロ棋士はこう言っていたそうです。
「今後数年のうちに、自分がコンピュータソフトに敗れる姿は想像できない」と。
六年後の現在、想像できなかった世界が現実になってきています。

製品開発に携わっている皆様は、六年後の環境と自身の働き方をどう考えますか?

執筆:児山 欣典
※コラムは執筆者の個人的見解であり、iTiDコンサルティングの公式見解を示すものではありません。

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