多事想論articles

あえて不連続

 新年早々に昨年の話で恐縮ですが、昨年の話題の一つに遷宮がありました。遷宮とは神社の中で神様がまつられている社殿という建物を20~60年周期で新たに建て替える行事で、昨年は伊勢神宮と出雲大社が大掛かりな遷宮の行事を執り行ったことで話題になりました。遷宮が行われる理由には諸説ある中で、その一つが技術の継承にあるということを耳にされた方も多いのではないでしょうか。社殿を建てるには一般の建築物と異なる高度な技術が求められ、まだ使える社殿をあえて取り壊して建て替える過程の中でその技術を継承するというわけです。

 さて、製造業の現場で、次世代が育たないという声を耳にします。昨年行われた産業能率大学の「課長の悩みアンケート」では、1位が「人財育成」だったそうです(ちなみにアンケート対象者600名のうち過半数が製造業の課長でした)。これを解決するヒントが遷宮にあるように思います。社殿がまだ使えるのであれば痛んだところを修繕しながら長く使っていく方が、短期的に見れば効率的です。しかし、そうすることで新しく建てるために必要な技術の継承が妨げられているという見方もできます。

 このような問題に対して、ある企業は思い切った対策を取りました。新しい製品の開発チームを若手だけで構成し(最年長者はリーダーの35歳)、彼らが使うCAD端末を社内のLAN環境から切り離したのです。その結果、彼らは自社が持っているCADデータの一切を流用することができなくなりました。もちろん印刷された過去図面などを参照することは可能です。しかし、いわゆる「コピペ」はまったくできないため、すべての線、すべての寸法を、自分たちの手で入れていかなければなりません。すると、チームの行動が変わりました。線や寸法を入れようにも若手設計者には分からないことばかりですから、先輩技術者に多くの質問を投げ、その答えを咀嚼しながら図面を描いていくということになったのです。案の定、手戻りは多く生じてしまいましたが、製品は無事に完成。このチームにいたメンバーは大きく成長し、結果的には大成功だったとのことです。あえて設けた不連続点が人財育成に大きく貢献したと言えるでしょう。

 製造業の現場では、問題を発生させないために未然防止活動や標準類の徹底などが広く行われています。それにより確かに問題の発生は防がれている一方で、より大きな問題をはぐくんでいると言えるのかもしれません。人の成長を長期的な視点でとらえて、上の事例や遷宮のように、あえて不連続点を作ってみてはいかがでしょうか。

執筆:水上 博之
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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