多事想論articles

落盤事故の救世主

 一月も経つとずいぶん昔のことのように感じますが、10月13日にチリのコピアポで発生した落盤事故で、地下700メートルに閉じ込められた作業員が、全員救出されたことはもちろんご存知でしょう。TV画面に映し出される救出カプセルが引き上げられる瞬間を、固唾を呑んで見守られた人も多かったのではないでしょうか。この地下に閉じ込められた33名の作業員の救出劇には、チリ大統領、作業員の家族、救出隊員など実に多くの方がかかわりました。皆の叡智と思いの結集がハッピーエンドに結びついたことはいうまでもありません。

 そのハッピーエンドの救出劇の中で、相互に関係する三つのことをお伝えしたいと思います。一つ目は人間が創り出す技術の高さです。今回、救出する穴を掘ったのは先端のドリルを空気圧で動かす方式を採用している掘削機でした。この掘削機を使ったことも予想外に早い救出となった一因だそうです。人類はずいぶん昔から、井戸や温泉などを掘削してきたので、技術の進歩はもたらされるべくしてもたらされたのかもしれませんが、人命救出の成功はそのレベルの高さを改めて感じずに入られませんでした。

 二つ目は、これほどの高い技術がありながらも、人間の技、感覚が無ければなし得なかったということです。一躍有名になったこの作業を指揮したジェフ・ハート氏は、招集がかかったときアフガニスタンで米軍とともに井戸を掘る作業をしていました。にもかかわらずなぜ彼が招集されたのかというと、技術の結集ともいうべき掘削機の操縦に必要な高いスキルを持っていたからです。ハート氏が最も注意を払ったのは縦穴を掘る角度だったそうです。ただ直線に掘っていくだけのように見える掘削作業も実は全く単純ではなかったのです。また驚きであったのは、掘削中の地面の振動を足で感じ、掘っている岩盤の具合がわかるということでした。700メートルも掘り進むわけですから地質も変化し、同じペースでは掘り進めません。急ぐあまりに掘削機が破損などしてしまったらそれこそ"The End" です。掘削技術、コンピュータ技術は駆使したものの、最後はやはり人間の感覚がポイントになるということを痛切に感じました。

 以上二つで話はうまくまとまった感があるのですが、最後にもうひとつお伝えしたいのは、掘られていたトンネルのうち、最後まで貫通することなく終了したプランA、プランCが今回の成功を支えていたということです。この二つの穴も粛々と掘り進められていました。最も早く貫通を果たしたのはプランBでしたが、プランBが万が一失敗した場合にも残りのプランがあるということで、先に記したハート氏はより大きなリスクを取ってチャレンジができたのだと考えます。成功したプランBに脚光が当たりがちですが、その影でチャレンジを支えた残りのプランの存在も忘れてはなりません。すべてのプランがいわばひとつのチームとなっての成功であると考えます。

 技術、人、それらを互いに支えるチームの三つの要素がうまくかみ合っての救出劇は、まさに今年のハイライトでした。年末のニュース番組などでもきっと目にすることがあると思います。近年、ともすると日本においては弱体化しているといわれている三要素かも知れませんので、もう一度心に刻んでご覧いただきたいと思います。

執筆:北山 厚
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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