多事想論articles

思考の傾斜

 このほど、日本人間ドック学会と健康保険組合連合会が、血圧、血糖値、コレステロール値などで「異常なし」と判定する、血液検査の判断基準を変更しました。この基準は、人間ドック受診者約150万人から約34万人の「健康人」を選出して作られたこの基準、健診施設などで統一基準として利用して欲しいとのことです。今までコレステロール値などが上限値を上回り、ドクターに世話になったり、健康維持に努めたりしていた立場としては、見直されたほとんどの基準が緩くなっていることに注目せずにはいられませんでした。例えば、肥満度を表す体格指数(BMI)も、現行25以上は肥満とされていましたが、男性は27.7まで、女性は26.1までは健康と緩和されました。この項目ではありませんが、今まで要治療項目であったにもかかわらず、誤診でもないのに、ある日突然正常な人になってしまったのは、喜んでいいのかちょっと複雑な気分でもあります。

 基準、ルールというものは、世の中の変化、要求に合わせて作成し、変えていくものです。そしてその基準は、時代とともに、自動車が走るようになれば道路の走行ルールが作られ、飲酒運転の取締りが厳しくなるというように、厳しい方へ変更されるものであるという思い込みを持っていました。特に命に関わる健康の世界などはその典型であると考えていましたので、完全に覆された形です。水は高いところから低いところに流れるというように、基準は厳しくなるものという思考の傾斜を滑ってしまっていたことに気づきました。

 イノベーションを推進している立場から、日ごろから枠にはまらないことを金言のようにしていた身としては、自省の念に堪えません。同じようなことが繰り返されると、次もまた同じ傾向のことが起きると深層心理に刷り込まれやすいのかと思います。頭では柔軟にしようということは分かっていても、無意識にでも訓練を怠ると思考の傾斜は生じやすいのでしょう。また、周りの環境にも大きく影響されます。例えば、よいことだとしても前例の無いことをやろうとすると、「それは前例がない」ということで、押さえつけられてばかりいると、前例のないことは悪いことのような1か0の判断により、思考の傾斜をつくってしまうのではないでしょうか。

  思考は柔軟であるべきであり、1か0の二者択一のみではなく、答えはいくつあってもいいですし、正解は時として変化していくものであるのです。思考の傾斜を作らないようにするには、前提を疑ってみたり、逆のことが世の中にないかを考えてみたりする癖をつけるとよいと思います。たとえば、携帯の多機能化に対して、あえて「そんなに機能いらないんじゃない?」と問いかけてみたりすることです。 

 近年、元気を取り戻しつつあるという報道が多くなってきた日本ではありますが、国際関係ではTPPなど、思考の傾斜を滑っていては解決不能な問題は多々存在しています。今にもまして、元気になるために、一人一人が、思考の傾斜を滑り落ちないよう、前提や繰り返しの枠をはずす発想を持とうではありませんか。

執筆:北山 厚
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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