多事想論articles

新しくコトを始めたら

 今、費用が2520億円と莫大に膨れ上がってしまい、世間を騒がしている新国立競技場。2013年9月に招致が決まってから、旧国立競技場の取り壊しにかかったのは早かったものの、施工の段取りがうまく運ばず、2年近く後になり、どうやって財源を確保するのかが大きな課題となっています。当初の目論見どおりに新しいコトが進まなくなったことをなかなか明らかにせず、手を打つのが大きく遅れてしまったことにより、よりコトが深刻化しています。

 手を打つのが遅れることで、コトが深刻化してしまうのは国を挙げての事象に限らず、企業活動、特に新規事業の推進にも共通して言えることです。スマートフォンを使った決済システム、定額制音楽ストリーミングなど、新しいコト(新規事業)を立ち上げることは、多くの企業にとって重要課題のひとつです。しかし、新規事業を成功させることが容易ではないことはお分かりの通りです。アイデアを創出して、立派なプレゼンをし、苦労して会社の承認をもらった新事業プロジェクトですが、市場導入の準備・開発をしていったところ、価値が当初の目論見よりも小さすぎるとか、実は、目標レベルを達成することは不可能であるとかの状況が見えて来ることもあると思います。しかし、始めたことで、会社からのプレッシャーや期待も高まり、とりあえず販売まではやらないと引っ込みがつかなくなり、結果としては売れない商品・サービス(当初は魅力があると計画させた事業)を世の中に出してしまう。これは新事業の失敗の典型的なパターンです。

 こういった悲劇を繰り返さないためには、まず、事業の準備・開発期間中に、新事業の成立性を仮説検証を繰り返しながら確認していくことです。仮説検証の繰り返しとは、例えば、市場に受けると思っていた項目が3つあったとしたら本当にそのコアになっている価値は何で、実はそれほど重要でないものは何かをユーザーアンケート等の手段で見極める。そしてコアなものが明確になったら、コアな価値の実現手段のモックアップを作ってみて、想定どおりの価値を提供できているかをテストマーケティングしてみることなどが挙げられます。これらの仮説検証を十分に行わずに、当初の計画のままで突っ走ると、市場に受け入れられない事業をスタートさせることになり、結果は自明です。そうならないために、技術的に実現可能なのか、コストが見合うのか、市場は何をどこまで求めるのかをなるべく早く、明らかにしなければなりません。

 そして、もしうまくいかないと分かったら、潔く方向転換をすることです。これは当たり前のようで多くの企業が出来ていない重大な課題です。当初の計画が無謀であったと分かったならば方向転換は必須になります。計画の中止という選択も含めてです。このタイミングで大きな方向転換ができるかどうかで事業、さらには会社の行く末を決めます。この場面、当初の自分の目論見、計画が不十分であったということで、自己否定するつらいところですが、勇気を持った決断をしなければなりません。

 ネットの普及により、ビジネスの立ち上がりは早くなったとはいえ、新しくコトを始めてから軌道に乗るまでには数年、更には10年以上かかるものが沢山あります。流行のお掃除ロボットも事業が軌道に乗るまでは10年ほどの年月がかかっています。うまく行かないと判明したのか、軌道に乗るまでのハードな道の半ばなのかを見極めることは、簡単に諦めるわけにいかないという推進者の責任もある中で、非常に難しい判断です。各企業には、長い目で見ながらも、仮説検証の結果を判断する定量的な評価指標を設けて意思決定を行い、時間稼ぎをするのではなく、具体的に次に向かうことが求められると考えます。

執筆:北山 厚
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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