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桜を楽しむ

 桜前線は4月最終週、ついに北海道まで到達したとのことです。今年も日本の多くの方が、花見の宴までとはいかないまでも、桜の花を楽しまれたのではないでしょうか。私も家の近くの公園や、仕事の道すがらで、桜の花を楽しみました。しかし、とある施設の中庭にかかるデッキから見下ろして眺める桜が、2,3年前と比べてあまり目に入ってこないように見えたのが気になりました。木の本数が減ったわけでもないのに一体なぜでしょうか。

 その理由は、植生の遷移を考えると説明がつきます。陽樹(葉を落とす桜などの樹木)の下では、日があまり当たらなくても育ち、木の高さも高くなる陰樹(葉を落とさない樫などの樹木)が成長し、陽樹の高さを追い越し、最終的には陰樹の森を形成するという自然の現象です。人工的に作られた中庭ですが、樹木は成長しますので、桜の高さに隣に植えられている陰樹の高さが迫り、桜の花の一部を覆い隠し始めていたためでした。いずれ手は打たれるでしょうが、植生の遷移に則ると、もしそのまま何年も放置された場合、どんな桜の名所でさえ、名所ではなくなってしまうということになります。

 桜の名所のような、一度獲得したステータスを維持する手段としては、その地位を脅かすもの以上に成長するか、脅かすものを駆逐し続けるしかありません。桜の名所の場合には、桜の樹木はすでに成熟期であることを考えると、桜を脅かす環境変化に素早く対応し、環境を維持していくこと以外に策はありません。特に、都会の桜の名所でのメンテナンスは、花が咲く時期以外でも観光客が一年を通して訪れ、オフシーズンがないため困難極まりありません。また近年の異常気象による大雪や台風への未然、事後の対応も欠かせません。桜を楽しむだけの私のような立場からは計り知れない苦労があると思います。

 一方で、世の中のモノコト、技術となると、桜の名所のようなヒット商品を生み出したとしても、総力を挙げて今の状況を維持する、周りの変化を起きにくくする、新しい潮流を駆逐するには限界があります。周りの木(競合)の成長は止めることは出来ませんし、完全に置き換えられてしまうようなものが一度現れてしまったら、ヒット商品は瞬時に過去のものになりかねないのです。ある年に綺麗な花を咲かせたとしても、自らの成長を怠ると、翌年には、花は何ものかに覆われてしまうかもしれません。さらには、花が全く咲かないというようなことも起こりうるものなのです。桜の花であれば1年という周期がありますが、世の中の変化は急に来ることもあります。そう考えると花を楽しみ続けることでは、事業の世界の方が、桜の名所以上に大変なのかもしれませんね。

 来年、再来年、5年後、10年後も花を楽しみ続けられるように、桜の木の維持への協力と共に、自らへの投資も続けなければなりません。

執筆:北山 厚
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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