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壊れたエスカレータ

 皆さん止まっている動く歩道やエスカレータを歩いた経験はあるでしょうか。経験のある方は、その際、乗る時と降りる時に、妙な違和感を覚えたはずです。この違和感は、動く歩道に乗る際に、普段は動いている歩道の速度に対応するため、転倒しないようにするためにほとんど無意識に脳が働いて重心を前にしているからです。降りる際には逆に重心を後ろにします。動く歩道が止まっている時にも関わらず、まったく同じように無意識に脳が働いて重心移動をしてしまいます。それが妙な違和感の正体です。これには壊れたエスカレータ現象という名前まであるそうです。

 壊れたエスカレータ現象は、人間は、日ごろの様々な行動、経験に基づいて、習慣的に行動や思考をしているということを説明するのに非常に分かりやすい例です。慣れ親しんでいる環境、対象、人が、実はあまり分からないところが変わっていて、いつもと同じことをした結果、"あれ?なんか変だな。"となるわけです。動く歩道の場合は、たとえば写真で撮ったら全く区別がつかない、いわば止まっていても構造、見た目はなんらいつもと変わらないわけですので、脳が変化に対応できずに、いつも通りのことをやってしまうのです。このように、習慣化してしまったものに変化が生じていると認識できたとしても、行動、思考を瞬時に変えて適用することは困難なのです。

 社会環境、職場環境、人間も、実は日々変わっています。しかし、その変化はエスカレータのようなオンオフというような、同じ行動をとったら違和感を覚えるような大きな変化であることはごく稀です。少しずつ変化していって、ある年月をかけて結果として大きな変化となることが多いといえます。今、社会を見てみると、少子化問題が叫ばれています。これは人口減少という切実な変化として現れて大事になっていますが、1970年代の第2次ベビーブーム以降出生率は下がり続けています。しかし当時から人口減少に対応するべき行動変化があったとは思えません。高齢者社会が本格化した今でさえ、動きは遅いといわざるを得ません。もうひとつ例を挙げると、AIの発達という現象が着目されていて、いずれは人間の仕事の60%がうばわれるという様な状況も予言されています。しかし、それを切実に捉えて、例えば自分のパフォーマンスを上げなければと考える人はどれだけいるでしょうか。環境変化により、習慣化していた行動、思考は、違和感どころか、もはや適用できないという状況すらありえるのです。

 見慣れたものコトの変化は感知しにくい。変化を感知し違和感を覚えてもそれに対応する行動はとりにくい。いざ行動しようとしてもなかなかうまくいかない。これらを人間の行動特性として一連で覚えておいて下さい。自分の習慣的行動は気持ちいい、快適、楽だったりしますが、気持ち良さにしがみついてばかりだと世の中においていかれかねません。気持ち良さを失う前にあえて意図的に動き続けることが、これからを生き抜く上で必要なことであると考えます。

執筆:北山 厚
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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