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日本メーカー復権の鍵は、ユーザーとの"共有"にあり

▼日本が学ぶべき"共有"の仕組みとは?

日本メーカーの叡智が詰まったiPhoneがApple社によって世界を席巻しているとおり、近年の製造業において、技術力の優位が必ずしも競争力の優位に繋がらなくなっている。性能の良し悪しではなく、「革新的な機能」「使える機能」の有無が売れ行きを決める傾向は、この二、三年で特に顕著になってきたように思う。

誰も想像しえないアイデアを出すために発想法を学んだり、市場の要求を先進的な統計手法を使って解析したりすることは、"売れる"機能を作り出す一つの方法かもしれない。しかし、アイデア発想や要求分析を実施してさえおけば、誰もがいつでも"売れる"機能を作り出せるわけではない。ユーザーが潜在的に持っている要望を生々しく共有することができなければ、"売れる"機能を生み出すことはできないはずだ。

では、どうすればユーザーと"共有"することができるのか。そのヒントは韓国サムスン電子の強さにある。言わずもがな、斜陽の一途を辿る日本メーカーを尻目に著しく世界シェアの伸ばしている総合電機メーカーである。

サムスンの強さの要因は大きく二つある。
一つは、世界規模での意思決定の速さ。世界各地の販売拠点・生産拠点から吸い上げられた情報をCEOが直接モニターし、製品企画から部材調達・販売管理までトップダウンで迅速に意思決定を行っていること。もう一つは、事業構造の柔軟性。素材や部品から一気通貫で製造できる強みを活かし、世界のニーズが刻々と変化する中で多様なポートフォリオを柔軟に選択していることである。
そんなサムスンの「速さ」と「柔軟性」という強みは、世界各地でのマーケティングにおいても力を発揮している。サムスンが世界各地にマーケターを定住させていることは有名だ。マーケター自身が「欲しい」と感じたモノ・コトそのものが、その市場の要望である。つまり、サムスンはマーケターを各地に配置させることで各市場のユーザーの潜在的な要望を日頃から"共有"できているのだ。そして、そのようにして各地から集められたユーザーの潜在的な要望は、素早く製品に反映されていく。

日本メーカーがこの"共有"の仕組みから学ぶべきところは多い。しかし、一朝一夕でサムスンのような大規模なシステムを構築したり、マーケティング体制を敷いたりすることは困難だろう。そこで、明日から実践できる"共有"の仕組みを提案したい。それは、「技術者自身がユーザーを訪問して要望を引き出す」ことである。

▼ユーザー訪問の効能

技術者はひとたび設計に没頭するとつい図面やデータと睨み合ってしまい、その先のユーザーをリアルに感じられなくなりがちだ。業務が専門領域別に分離され、製品開発において一人ひとりが大局観を持ちづらくなった大企業では尚更である。技術者がユーザーの要望を直接聞きに行くことで、「なぜこの機能が必要なのか」「なぜこのスペックでないといけないのか」を改めてユーザー視点で考える癖がつき、本当に必要な機能や仕様を検討するきっかけになる。

またユーザーはメーカーの技術者が直接訪問してくれると基本的に嬉しいものだ。ユーザーにとって「営業は"売ること"がミッションで、技術は"作ること"がミッション」という考えが一般的なので、売るミッションを持っていない技術者が訪問に来ることは、ある意味"特別"なこと(「自分は優遇されている」「我が社は特別扱いされている」)と認識してもらえる。さらに技術者には、最後にお金の話をしなければならない営業と比べ、「ユーザーの味方」と認識してもらいやすい側面もある。そのような認識が、要望を引き出しやすくなる状況を作るのだ。

▼現場での取り組み

ここで、BtoB、BtoC両方のビジネス形態で適用できる具体的な仕掛けを二点挙げる。

一点目は、技術者がユーザー訪問する件数をノルマ化すること。
いささか強引だが、昨今の時流の速さに対応するためには、まずトップダウンでノルマ化して行動に移させることも必要だ。確かに技術者のユーザー訪問をノルマ化すると、設計工数が減るため開発期間が長くなり、そのことによる機会損失が発生するという考えもある。
しかし、ユーザーの要望や競合情報をタイムリーに掴めるので、付加価値の高い製品、他社製品と差別化された製品を作れる。それは損失以上の利益を生むだろう。また、製品の不具合情報を日常的に収集できるので、クレーム対応やユーザーサポートのコストが削減される。技術者がユーザーの要望からブレイクダウンして抜け漏れなく機能・仕様を検討できるようになると、開発下流からのやり直しコストも削減できるはずだ。

二点目は、ユーザーとの"共有"は価値があるというマインドを醸成すること。
単にノルマ達成のためだけのおざなりなユーザー訪問になっていては、共有する情報の質が落ちてしまう。また日々時間に追われている技術者とって、純粋な開発以外の業務はストレスの要因にもなりかねない。こうした問題は、技術者が"共有"の目的に心から共感できていないことに起因している場合が多い。本当に価値のある要望を技術者が引き出すためには、ノルマ化と並行して、技術者に前向きなマインドを持ってもらうことも重要である。この対策としては、組織のトップが価値を説き続けること、そしてトップ自ら実践し続けることに尽きる。 私の知っているメーカーは、三千人規模の大企業だが、社長自ら積極的に年に二十から三十件のユーザー訪問を続けている。技術者も月一のユーザー訪問を欠かさない。社長の行動を通じて全社的にその目的が共有され、技術者にとってユーザー訪問することが企業文化として根付いている。前向きなマインドを保持しているからこそ、"売れる"機能を持つ製品を三十年以上に渡りリリースし、業界ナンバーワンのシェアを維持できている。

ここまで、技術者がユーザーと直接会って要望を引き出すことの必要性と、その仕掛けを論じた。その根幹にあるのは"共有"の思想だ。技術者とユーザーとの"共有"、そして組織内の"共有"。異文化を取り入れ、日本文化と融合させ、独自の新しいものを作り出す。それは、私たち日本人が元来持ち得ており、特徴としている特性ではないだろうか。今こそ、私たちが得意としている"共有"の思想を見つめ直し、世界と戦うための武器に磨き上げる時である。

 

執筆:飯島 康仁
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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