多事想論articles

「前提」を疑う

2012.12.20

 最近めっきり冷え込み、コートやマフラーが手放せない季節になりました。こういうときは簡単で暖まる鍋料理が便利ですね。
鍋といえば欠かせないのが豆腐や味噌、ポン酢等の大豆加工食品です。ところで、豆腐や味噌をスーパーで手に取ると必ず「遺
伝子組み換え大豆は使用しておりません」という表示がされています。私はこれを見るたびに違和感を覚えます。というのも、
「消費者が遺伝子組み換えを避ける」という前提のもとに書かれている気がするからです。

 まず、この前提は正しいでしょうか?確かに同じ値段で遺伝子組み換え食品とそうでない食品が並んでいた場合、遺伝子組み
換え食品を避ける消費者は多いかもしれません。少し古いですが、これを裏付けるものとしてH17年度の農林水産省による消費
者アンケート結果があります。それによると、「遺伝子組換え」という言葉について「否定的な印象(30%)」「少し否定的な
印象(45%)」と回答した方を合わせると約8割に上り、「消費者が遺伝子組み換え食品を避ける」という前提は正しいと言え
そうです。

 では遺伝子組み換えが避けられる理由はなんでしょうか?安全性、生態系への影響、経済的な問題、倫理的な問題等が挙げら
れるかと思います。先ほどのアンケート結果で理由の最上位に上がっていたのは「食べた時に悪影響がないか不安だから」とい
う項目で、安全性に関するものです。それでは組み換え食品の安全面について、考察してみましょう。

 市場に出回っている組み替え食品は、安全性の検査が行われ、合格したものが出荷されています。それでは検査は完璧かと言
うと、人体への長期の影響を調査することは難しく、確かに全くの安全と言い切る事はできません。しかしそれは遺伝子組み換
え食品に限ったものではないのです。遺伝子を組み替えるという意味では品種改良もそうですし、自然の交配によっても遺伝子
は組み替えられます。むしろこれらの方が多くの遺伝子が入れ替わることになり、安全性を含めた様々な面で不明な点が多いの
です。 人体に必須の塩分も取りすぎれば高血圧の原因になりますし、脂溶性ビタミンも摂取しすぎるとビタミン過剰症や中毒
になることもあります。 カフェインにも致死量が存在し、過剰に摂取すれば害になります。また遺伝子組み換え作物の一部に
は農薬使用量を減らすことができるという利点もあります。こうなると、「非遺伝子組み換え食品の方が安全性は高い」とは必
ずしも言えないということがわかります。

 私は遺伝子組み換え食品について、反対派ではないものの推進派というわけでもありませんので、これ以上の論述は控えます。
ですが前提を疑うことにより、今まで気づかなかった「思い込み」―ここでは「非遺伝子組み換え食品の方が安全性は高い」と
いう思い込み ―に気づくことができたのではないでしょうか。

 製品開発の場においても、様々な「前提」があると思います。その多くは有用なものであり、全く前提なしでは業務はおろか、
会話すら成り立たないでしょう。しかし、時として前提は、思考の枠を制限してしまう方向にも働きます。一つ、興味深い例と
して、中国企業のハイアールの洗濯機について取り上げたいと思います。

 彼らは中国の農村部で洗濯機の故障が多いことに注目しました。その原因が衣類ではなく、野菜を洗っていたためだと判明し、
「それならば野菜も洗える頑強な洗濯機をつくろう」と野菜を洗える洗濯機を開発したのです。多くの企業では、ここで「洗濯
機は衣類を洗うものであり、野菜を洗うものではありません」と啓蒙活動したり、マニュアルで注意書きを載せてクレームを回
避しようとしたりするのではないでしょうか?「洗濯機は衣類を洗うもの」という前提によって市場のニーズを見逃してしまう
ことになるのです。

このような思考の枠を制限してしまう前提はこれまでの積み重ねでもあり、簡単になくせるものではありません。ですが時には
一度立ち止まって前提を疑ってみてください。おすすめなのは、今直面している課題についてこの考え方を適用することです。
これまで見えなかった物事の新たな側面に目を向けることで、新しい解決法が生まれるかも知れません。

執筆 大屋 雄
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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