多事想論articles

誰のために 何のために

 「自分は一体誰のために、何のために仕事をしているのだろうか」と悩んだことは無いでしょうか。弊社は15年前から製造業の開発現場に対するコンサルティングを行っていますが、近年このような悩みを持つ人が増えてきていると実感しています。このような悩みを持ちながら仕事をすると、思うような結果が出せずに更に深く悩むといった負のスパイラルに陥ります。本コラムでは、この問題について考えてみたいと思います。

 近年製造業の製品開発において積極的に取り組まれている施策の一つとして、『ニーズ志向』が挙げられます。『ニーズ志向』とは、モノやサービスを設計する際に、何が出来るかではなく、まず顧客が何を求めているかから深く考えるやり方です。(手法にご興味がある方は、『新価値アイデア発想(K-Matrix)』 や 『システム設計の見える化』のページをご覧ください。)
 このような取り組みにより、顧客と製品の間のズレは小さくなってきました。そうなると、次に問題となるのは開発者と製品・顧客とのズレになります。このズレを開発者自身が認識できないと、冒頭のような悩みに繋がることになると考えられます。

 具体的な例を挙げてみます。ある自動車会社で製品開発に携わるAさんは、新製品Xの開発プロジェクトを担当することになりました。Aさんは新製品Xのステークホルダー(ユーザーや販売店など)からの要求を網羅的に把握することから着手し、『楽に運転できること』という要求が最も重要であると捉え、それに最大限応えるための新機能『自動運転補助機能』を採用することで良い製品を生み出そうと考えました。そのような状況の中、Aさんは打診していた新機能採用について上司から、「決められた日程、決められた人員の中で可能であるならば新機能採用に着手しても良いが、それらを守れない場合は評価を下げざるを得ない」という回答を受けました。悩んだAさんは、最も身近で強く意見を伝えてくる上司の要求に応えることに専念し、製品Xに新機能を採用することを見合わせました。開発プロジェクトは無事に完了し、上司からの評価向上により自身の給料も上がったことで、家族からは感謝され、同僚・友人からは尊敬を集めることが出来ましたが、製品Xのユーザーからの感謝の声は多くは無かったようです。Aさんは、「これで良いのだろうか」という想いを抱えながら今も同じように仕事を続けています。

 このAさんの例では、自らに求められていることは大まかに理解できていたものの、やりたいことが明確で無かったために、上司から求められていることを必要以上に重視していました。その結果、自らの行動がユーザーニーズに応える製品を提供したいという自分の思いとズレしまったことで悩みを抱えてしまったと言えます。Aさんが悩まずに自信を持って仕事を進めるためには、まず自らに求められていること・自分のやりたいこと・自分が出来ることの3点を明確に理解した上で、それを上司と共有しながら方向性をすり合わせることが効果的であったと考えられます。「出来ること」は自らの行動に対する他者評価に耳を傾けることで正しく理解出来るようになるため、ここでは「求められていること」と「やりたいこと」を理解するために、ステークホルダー(利害関係者)との関係を見える化する手法について解説します。

 まず、Aさんに求められていることを見える化した図を下記に示します。ここでは直接関わりを持つステークホルダー(図左)と、開発している製品を介したステークホルダー(図右)の両方を記載しています。さらに各ステークホルダーからのニーズを記載することで、求められていることを網羅的に把握することが出来ます。Aさんの場合は、開発している製品Xを取り巻く人や環境からだけでなく、上司や家族などの直接関わりを持つ身近な人からも様々なことを求められていることが分かります。

 次に、Aさんが言われたいこと(=やりたいこと)を見える化した図を下記に示します。ここでは、各ステークホルダーから言われたいこととその度合いを記載しています。 Aさんの場合は、家族や同僚などの身近な人から尊敬されたい/感謝されたいという傾向が強いですが、開発製品Xのユーザーにも感謝されたいと強く思っていることが分かります。

 このように求められていることとやりたいことと見える化し、それを上司と共有しながら方向性をすり合わせることが出来ていれば、Aさんは悩まずに自信を持って仕事を進められたと考えられます。例えば、「自分は製品Xのユーザーからの要求に最大限応えることを優先し、ユーザーから感謝されたいと考えている。だから、リソースを厳守すると言った上司の要求には全て応えられないが、理解して欲しい。」といったすり合わせを開発初期に実施することで、進むべき方向性を明確にすることが出来たはずです。

 あなたは「誰のために 何のために」仕事をしていますか?
この問いに明確な回答が出来ないようであれば、一度自らを振り返るために本手法を活用してみることをお勧めします。

執筆:児山 欣典
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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