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フロントローディングだけでうまくいく? -対立から共創する-

「お客さんの要求に応えるためのベストな図面なのに、あいつらは「つくれない」って自分たちの主張ばっかり押し通す。もっと努力しろと言いたいよ。」 山田設計チーフ(仮称)
「誰だよ。こんな図面書いたやつは?この形と精度だとタクト(タイム)に入らないし、バリも出る。 あいつら"モノづくり"をわかっちゃいない。」 高橋 生産技術リーダー(仮称)

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図1 対立の様子

 少しデフォルメされてはいますが、これは製造業で見かける設計開発と生産技術が互いに相手の仕事ぶりを批判しているシーンです。読者の皆様も、多かれ少なかれ、このような意見の食い違いを見聞きしたことがあるのではないでしょうか?実は筆者も以前は生産技術職に従事しており、高橋リーダーと同じようなことを工場でつぶやいていました。「売れる・良いものを、より早く、安く」という共通の目的に対して、性能を含む要求を満たす設計を追求することに主眼が置かれる開発部門とコスト制約の中で品質を保つことに主眼が置かれる生産技術部門という立場の違う両者の間に「意見の食い違い=対立」が発生するのはごく自然なことです。しかしながら、この対立が量産直前に発生して、うまい解決策が見つからなければ、どちらかにしわ寄せが来て、工数増や納期遅延などの重大な問題に発展してしまいます。

フロントローディングだけでうまくいく?
 このような問題を解決するために、サイマルテニアスエンジニアリング[注1]のような開発のフロントローディング[注2]を進める仕事のやり方が普及しています。開発初期段階からコミュニケーションを密にして、材料、構造はこうあるべきという生産技術の知見を盛り込み、前述のような量産直前での対立を前倒しで解消するのです。このような仕事のやり方の結果、多くの業界では部品の超小型化に成功、軽量化&低コスト化を実現といった成功事例が挙がっています。こう聞くとフロントローディングおよびそれに伴うコミュニケーションの増加があれば、うまくいくように感じてしまいますが、実際の現場では失敗したという事例も多く耳にします。例えば以下のような例です。
 ・フロントローディング化した結果、 生産技術側の意見が反映されすぎてしまい設計開発としてのチャレンジ領域が少なく特徴の無い製品になってしまう。結果売れない。
 ・生産技術の役割が「先行して設計と協力し合い工程設計をする部門」と「工場で設備導入、工程の立上げを担う部門」 に分かれて、前者(フロントローディング化を適用した部門 )が妥協してしまい、設計開発と生産技術ほどではないにしろ、生産技術間で新たな対立が発生し、工数増を生む。

 これらの成功事例と失敗事例はどこに違いがあるのでしょうか?

対立の解決のやり方が大事
 筆者はコミュニケーションの中において対立をどのように解決しているかの違いに、成功と失敗の差が生まれる一因があると考えます。
 ここで対立に着目して掘り下げて考えてみます。一般的に避けるべきもののように思える対立ですが、最近の組織行動学の分野では、対立は避けようのないもので、組織活性化に役立つものという見方をするようです。具体的には、対立による意見交換を通じて、関係者同士の認識齟齬の是正や、より付加価値の高いWIN-WINの対策が生まれる可能性があると言われています。
 ここで対立解決を整理するには、トーマス・キールマンの「対立モード」が参考になります。

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図2 トーマス・キールマンの「対立モード」 ※筆者が一部加筆

 これは、"自分の考えを表現する力"と"他人を深いレベルで理解する力"の2軸で、対立に対する姿勢をマトリクスにしたもので、「強制、回避、妥協、受容、協調」として5つに分類したものです。ITIDでは「協調」領域のことを、価値を生み出すという点により注目し「共創」と呼んでいます。
 先ほどの設計開発と生産技術の失敗事例は妥協や回避などによる対立解決が良くない結果につながった例と言えそうです。逆に成功事例について具体的な話を現場で聞いてみると、「相手の立場や意見を考えるとどうせ無理だろうと思えるような、設計案や工法をまずはぶつけ合い、その上でアイデアを出しながら粘り強く代替案を策定した結果、ブレイクスルーが起きた」といった意見が多く出てきます。このことから、成功事例の多くは、共創領域で対立解決を行うことで発展的な解決策を見出していると考えられます。当然、解決策を出すためには相応の技術力が必要ですが、対立を回避や妥協で解決していては成功を得ることはできないのです。

どうやって共創を目指すか?
 ではどうすれば共創領域での対立解決を実践することができるでしょうか?ここでもフロントローディング化手法の一つであるサイマルテニアスエンジニアリングの打合せシーンを例に挙げ、基本的なステップを示します。

STEP1:自分の主張が正しく伝わるように主張を見える化し、対立点を明確にする
 互いの主張内容を明確にしないと建設的な議論がスタートできません。開発終盤では完成した図面や実際にできあがったモノを見ながら議論できるので、主張は正しく伝わりますが、特に開発初期段階では議論の空中戦が多くなります。板書を始め、設計情報を整理した図表や設計構想書、モデル、仮工程設計書などを駆使し、できるだけ具体的に分かりやすく論点を伝え合うことが必要です(弊社が開発のフロントローディング化を狙って提供している開発の見える化ソリューションもSTEP1では非常に有効に寄与します)。

STEP2:主張の背景、前提、文脈を互いに把握し、解決すべき論点を明らかにする
 何故相手がその主張をしているのかを互いに理解し合うことで、本来、解決すべき論点を明らかにすることができます。設計開発と生産技術間で話す際も、総論では同じ目的に向かって議論しているにも関わらず具体的に形や材質をこうすべき/ああすべきといった議論が中心になることが多々あります。また互いの主張を通したいがゆえに、嘘はつかないにしてもそれが何のために必要なのか?を話すのが後回しになり、時間切れになるといった状況も散見されます。そのため、各種図表や設計構想書、仮工程設計書において、相手に主張したいことがあれば、それがどんな目的で?/何故必要なのか?を合せて具体的に記述することをルール化して打合せに臨むなどの方策を取り、そこから本当に解決すべきことがらを発見することが重要です。また、背景や文脈を理解・確認するコミュニケーション技術も必要です。

STEP3:解決すべき論点に対して、互いの難易度を考慮して解決策を考え、採用判断する
 解決策の検討は技術的知見や発想法などを活用して出していきますが、ここでは解決策がどの程度効果があるのか、互いにとってどの程度の難易度があるのかをチェックすることが重要です。互いに100%WIN-WINの状態に持っていくのは難しいにしても、できる限りその状態に近付けるために下記のような星取表を用いて「見える化」することも良いでしょう。これを利用して、可能な限り効果が高く、実現に向けて互いに難しすぎない案を見極めていきます。

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図3 解決策に対して効果と設計開発・生産技術の難易度を評価する星取表の例

 サイマルテニアスエンジニアリングに代表されるフロントローディング手法を活用した仕事の効率化は大きな武器ですが、安易な妥協を生み出す場になってしまっては意味がありません。製造業の現場の皆様には対立を共創領域で解決することでより良い価値を生みだしてほしいと強く願います。
 対立解決やサイマルテニアスエンジニアリングについてご興味のある方は以下も合せてご覧ください。

[注1]サイマルテニアスエンジニアリング・・・ 開発初期段階から、設計・生産技術・調達・仕入先等の関連部署が連携しながら同時並行で開発を行うこと。コンカレントエンジニアリングとほぼ同義に使われる。開発期間短縮、コスト削減が期待できる。
[注2]開発のフロントローディング・・・開発プロセスにおいて、初期工程に集中的に労力・資源を投入して、後工程で発生しうる負荷の前倒しややり直しの低減を行い、品質向上や納期短縮を図ること。

執筆:矢吹 豪佑
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。

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