新任技術マネージャの振る舞い
新任のマネージャがあなたの近くにいるでしょうか。またはあなた自身がそうかもしれません。 当初こそマネージャ業務をこなすことに手一杯かもしれませんが、徐々に自分なりに色々なことを試してみたいと考えはじめるものです。 技術マネージャであれば、自分の技術を後輩に伝える役割も期待されており、技術伝承をどうにか進めなければとの思いも強いでしょう。 私達コンサルタントも仕事柄多くの新任の技術マネージャの方々を見てきましたが、うまくマネジメントできている方もいれば、そうでない方もいます。 そこで今回は、技術ディスカッションを例に、新任技術マネージャの振る舞い方についてお話します。
今日から新しくマネージャになった開発部のAマネージャは、朝早くから今日の技術ディスカッションの準備に燃えています。 担当する製品は、ちょうどプロジェクトが立ち上がり、製品仕様が少し見えてきたところ。 後輩達に技術伝承するにもとても良い機会。 Aマネージャは持てる知識と情熱を総動員して、製品技術に関しての具体的な技術ばらし図を作成し、みんなに呼びかけます。
「よーし、みんな! 次の製品開発について、勉強会を兼ねて議論しよう!」
そして、一日かけて作成した「技術ばらし図」をスクリーンに投影し、颯爽と解説を始めます。
「この製品は、ここが新しいチャレンジだ!」
「ここの部品は、こうやって設計するんだ!」
熱弁を振るうAマネージャ。みんながへー、と聞いているので益々情熱的に説明します。
「ゼェゼェ...今日はこのぐらいにしよう、また明日、定時後な!」
日々Aマネージャの熱弁は続き、みんなの技術レベルも上がっただろうと思ったころ。 Aマネージャの部下で3年目のBさんが、他部署と共同開催したDR(デザイン・レビュー)で、設計に問題があるということでボロボロに叩かれて帰ってきました。 「おい、ちゃんと指導しているのか?」と、先輩マネージャからAマネージャが注意される始末。 これはいかん。AマネージャはBさんを呼んで話をします。
Aマネージャ:「Bさん、DRの前にちゃんと俺に見せてくれなきゃ」
Bさん:「すみません」
Aマネージャ:「それに、なんでこんな風にしたんだ?前話したトコだろ?」
Bさん:「ええ、そうでしたが...」
なんだかのれんに腕押し。優しく熱意あふれるAマネージャも、「俺は必死に話しているのに、みんな聞いてないのか?なんだか砂に水をまくみたいだな...」と、すっかり落ち込んでしまいました。 なぜこのような事になったのでしょう。 Aマネージャのグループのディスカッションの様子を見てみましょう。(図1)
図1 気をつけよう、技術ディスカッションのスタイル(悪い例:講義スタイル)
必死に話をするAマネージャ。でも、中堅のCさんは「そんなの知っているよ...」と退屈そう。 新人のD君は基礎知識がないからさっぱりわからず、「お腹空いたな...」と仕事の事すら考えていません。 そして、3年目のBさんはちょっと技術がわかってきたので、「それでいいの?こうした方がいいのでは?」と色々考えがありますが、Aマネージャが説明しているので口を挟みにくい。結局、Aマネージャに黙って自分の考えをDRに持っていってしまったのです。
そこでAマネージャは対策を考えました。
対策案:
1:Cさんには ・・・技術に詳しいから、出席しないで良い
2:Bさんには ・・・「俺の許可なく資料を出すな、社会人の常識だ」と厳しく注意
3:D君には ・・・お腹が空かないように定時後に軽食を許可
これらは対策のひとつですが、本質的な解決にはなりません。 せっかくの技術ディスカッションを生かす事が出来ないままです。 Aマネージャーは新しい試みの目標を見失い、その場の問題に蓋をしてしまったのです。 こうした対策だと、5年後、どうなるでしょう。(図2)
図2 5年後
Cさんは、仕事はしてくれますが、「俺は一人の方がポテンシャル発揮できるんで」とマネージャになる事を拒否。 マネージングの練習にと新人を付けましたが、ほったらかしの様子。 Bさんは、退職願いを出してきました。慰留しようにも「お世話になりました」の一点張り。 では、どうすれば良いのでしょう?(図3)
図3 気をつけよう、技術ディスカッションのスタイル(良い例:チーム双方向スタイル)
Aマネージャは、若手にどうやったら良いか問いかけています。 3年目のBさんは「こうやったらどうですか?」と意見を述べ、3年目のBさんが発言しているのを見た新人のD君も、「これってどういう意味ですか?」と質問を始めました。 それに対し中堅のCさんが「それはね...」と一生懸命説明。説明する過程で自分があまり考えてなかったところに気づかされたりしています。 Aマネージャは基本的に答えを出さず、「こういう見方はどうだ?」「他に気にする事はないかい?」と控えめですが、巧みに方向を間違わないように誘導しています。
こうなると、良いサイクルが回ります。Aマネージャは、メンバーがどれくらいの技術力を保有しているのか把握出来ます。中堅のCさんは、説明する過程で技術力を向上させ、いずれAマネージャの後にマネージャとなる訓練も積んでいます。3年目のBさんは、ディスカッションする中で技術力が向上するのはもちろん、モヤモヤ状態が解消され、マネージャや中堅の先輩に日ごろも相談しやすくなります。 新人のD君は、知識が身につき、何よりメンバーとしての自覚が沸きます。そして、積極的に発言する風土へと繋がって行くのです。
こういったお話をすると、「マネージャは何より決定することが重要では」という方や、 時間が無く、ディスカッションに時間を割けないと言う方がいらっしゃいます。 もちろん、マネージャは意思決定がとても重要です。しかし、決定・承認会議の場合に、事前に決定に必要な情報を担当者が理解していないと、マネージャは「これでは判断できない」となります。担当者もどうすればよいのか悩んでしまいます。 「意思決定に必要な技術情報」が何であるかを共有するには、技術ディスカッションが必要になります。 また、少ない時間で成果を出すには、チーム力、メンバーの力を引き出す事が重要です。はじめは時間がかかりますが、せっかく時間を割くのであればこうしたディスカッションを経ることが強い開発集団への近道の一つでしょう。
執筆:濱田 研一
※コラムは執筆者の個人的見解であり、ITIDの公式見解を示すものではありません。
▼関連する課題解決メニュー
開発力調査(ITID INDEX)
業務課題分析(アセスメント)
開発の見える化(iQUAVIS)
技術者力強化(ARMS)
技術人材の見える化